World of Naka-chan

wofnaka.exblog.jp

1961年生れ/東ニ病気ノコドモアレバ…西ニツカレタ母アレバ…南ニ死ニサウナ人アレバ…北ニケンクヮヤソショウガアレバ…/弱い立場中心の世の中に/陸前高田市が故郷 @WofNaka

ブログトップ

笑顔が素敵な人でした

 昔、仕事でお世話になって、こちらが退社した後で、無線つながりになっていた人のブログにひさしぶりに行ってみたら、転勤になっておりました。行った先が関西だったので、同じ時期お世話になった人の安否を聞いてみたら、最近亡くなられていることがわかった。

 年齢は私よりちょっと上だったかなぁ、自分の中ではお兄ちゃんみたいな感じでしたねぇ、今思い返すと。いつもニコニコしていて笑顔が素敵な人でした。とってもおしゃべりでねぇ、話題が尽きないぐらいで、いつもダムが決壊したみたいにおしゃべりする人でしたねぇ。関西の方なので、同じおしゃべりでもねぇ、漫才を聞いているような感じでしたよ。怒っているところは、1,2回ぐらい見たかなぁ。ともかく、笑顔しか思い出しません。

 で、いつの頃だったのかを調べてみました。

 今までの職歴から遡ってみましたら、1986年から約10年間。仕事で南紀(和歌山県南部)と福井に行っていた時です。いつもっていう訳ではなくて、最初の1,2年はしょっちゅうお会いしていました(システム開発のため)けれど、その後は、毎年メンテナンスや改修の時期だけ1ヶ月ほど朝から晩まで一緒でしたねぇ。
現地までは、こちらは電車か飛行機だった(南紀白浜空港が前の時で、YS11しか飛んでいなかった頃)のですが、現地に入ってからは移動がみんな車で、出張所なんかに行くときは、片道2時間コースが当たり前でしたから、観光地めぐりのドライブをしていた感じでした。
南紀なんかは、丁度景色が私の田舎に似ておりまして、私が大好物のみかんの産地でもあり、もう延べにしたら1年ちかくの滞在になっていましたから、そこに出張になるとホッとしたものでした。

 現場監督だったのでね、私達(最後の数年は私一人)が作業をしているときには、ずっと側についていてくださるんですよ。もちろん徹夜したときもでしたけどね。差し入れをしていただいたこともありましたしね。

 南紀で、昨年水害で被害が出た新宮などは、懐かしい風景だったですけど・・・。
そこに行くには、紀伊半島の沿岸を回っていく行きかたと、那智を回っていく行きかたとありまして、一度だけ、那智の方を回ったときがありましたが、とても険しい道で、もともと酔い易い私には大変な道中でした。そんな途中で気持ちが悪くなるようなこんな私にも付き合っていただきましてね、本当に助かりましたですよ。

 さて、私は、ここで重要なことに気がついたのです。

 1986年という年に、自分の身に何が起こったか。そして、それから立ち直るのに、7,8年かかっている、ということです。まさに、その間、その人と、一緒に行動していたなぁ、って思い出しました。べったりではないんですけどね。

 南紀も福井も、後半は年度末に出かけるのです。福井は雪の季節でして、雪害体制に入ると、システムを2時間置きに立ち上げなくてはならないのですが、そのシステムの保守、改修をしていたのです。システムのシャットダウンと立ち上げに1時間かかってましたから、それ以外の1時間でシステムへのインストールをしていました。夜間に何度もシャットダウンしては立ち上げて、インストールしての繰り返し。なので、雪の季節とは言え、雪が多く降っているときは厳しかったですよ、作業が。しかも夜間しかできませんでしたからね。

 南紀での思いではですね。
ああいう仕事場って力仕事の場なので、荒っぽいんですよね。言わばどかたの親分みたいな方々がゴロゴロしておりまして、今で言うと肉食系ですかね。そういう意味では私らシステム屋は草食系だったですかね。ともかく、夕方4時くらいになると、給湯室からイカを焼いている臭いが漂ってくるんです。で、5時ぐらいになると、もう待てないぃ、みたいな雰囲気で、一升瓶を持った方々がうろうろし始めるんですよ。で、こちらは、皆さんがお休みの時間帯、つまりは夜間からの仕事でしたから、さぁ、やろう、という時間帯に、「まぁ、一杯どう」とコップを持って誘われるなんてこともざらでした。お酒に強い人たちは答えておりましたけど、私は敬遠してましたよ。だって、ちょっとでも飲んだら、その日は終わりなくらいに弱かったですから。

 とこかく、いつも元気で笑顔を絶やさない人でしたねぇ。

 随分とあの笑顔に救われていたのかなぁって思いますよ。あの時。
最初の数年がやばかったですからねぇ。もう生きていく事に絶望していましたから。
福井の時もそうでした。1日だけもらった休みの日、東尋坊(とうじんぼう)に出かけようか、永平寺に出かけようか迷ったときも、もし、東尋坊(自殺の名勝地だった)に足を向けていたらと思うと。。。その時も、東尋坊は「何もないよ」って教えてもらった気がします。
そして永平寺に出かけました。山門の前で引き返しましたけど、雨に濡れた空気がとても澄んでいて、ここは別世界だと感じたことを思い出しました。東尋坊と永平寺、共に命に関わる場所ではないですか。その後の先は、違いますよね、大きく。地獄と天国(かも)。

 長くなりました。

 また、いつでも、このブログを見ては、思い出したいと思います。

 あっちでも、いろんな人に笑顔を振りまいて幸せにしてあげてください。
本当に、その節は、お世話になりました。ありがとうございました。



 ご冥福を、お祈りいたします。
[PR]
トラックバックURL : http://wofnaka.exblog.jp/tb/15146057
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by WofNaka | 2012-04-26 19:26 | 日記 | Trackback | Comments(0)

by WofNaka