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1961年生れ/東ニ病気ノコドモアレバ…西ニツカレタ母アレバ…南ニ死ニサウナ人アレバ…北ニケンクヮヤソショウガアレバ…/弱い立場中心の世の中に/陸前高田市が故郷 @WofNaka

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実家に行って、写真を整理しないといけないのかも

 その工事はいきなり始まった。

 私の家はその敷地の6割ぐらいを占めていて、家はその四角い土地の左側と南側をLの字のようになっている。そして、南側の北側に面したところは、L字の残りの場所にある他の家と共用している土間になっている。

 この土間は昔の家の作りだからとても広い。

 そうだねぇ、なかなか比較するのは大変だけども20畳ほどの四角い部屋になっている。

 そう、この土間、見覚えがある。それは遥か遠い昔のこと。。。

 「下のばあちゃん」と呼ばれるおばあさんが住んでいた茅葺きの大きな家の土間と同じ作りだ。

 まだ小学校にも行っていなかった私は、畑で採れたトウモロコシの毛を持って、そのおばあちゃんの家に届けて、小さいながらも(きっと)おばあちゃんの話し相手になりながら、夕暮れまでいたのだった。そこでの思い出は、そのおばあちゃんが、夕飯の支度でかまどに薪をくべながら、お湯を沸かしていたその湯気。でも、そこで夕飯を一緒に食べた記憶がないことから、きっと、夕飯は自分の家で食べたんだろうと思う。煤で黒くなった柱、そして、暗い土間。


 そして、その工事は、隣接する他の家の取り壊しだった。いきなり始まったので驚いた。

 そして、そして、その共用する土間の荷物整理をしなければならなかったんだ。

 親の代からか、もっと前の代からか、そこは共用部分としてお互いの荷物が置かれていて、それを、子の代の両家の家のものたちが、自分の家のものを選り分けていくのだから大変だ。
ただし、そこで不要と判断されたものは、その工事に合わせて廃棄できるという、言わば特典はあるのだけれど。

 そして、私はしばらく入っていない共用部分の土間に繋がる部屋に足を踏み入れた。

 その部屋は共用部分ではないが、古い親の代の様々な(正直、わけのわからない)物が整然と並んで置いて(放置されて)あった。

 大きな甕に入って板で作られた丸い蓋に紙で覆われていて紐で結んで止めてある。

 これは味噌だろうか、漬け物だろうか。。。

 ともかく、私の代では開けていない、そんな古いもので、もう中がどうなっているのかわからない甕が並んでいる。

 そして、共用の土間に足を入れた。

 そして、共用の土間から工事している面のガラス戸を開けた。

 暗いながらにも、ちょっとだけ明るい光が、その土間を照らした。

 私は近くにいたほお被りしたおばさんに聞いた。

 「これ、今日中に片付けるんですかね?」

 そのおばさんの目。「何言ってんだよ、当然だろ」。

 だよね。


 私は土間に戻って、どこから手を付けたら良いかと、途方に暮れながらも、手元にあった箱を開けた。

 中にはアルバムが入っていた。

 どっちの家のものなのかを確認しなければいけないから、開けたら、中を確認しなければならないかた、本当に途方もない作業なのだ。

 アルバムを開いてみた。

 若い頃の私の写真があった。正装している。

 なんか家族の結婚式のようにも見えたが、なんとなく暗い雰囲気だ。これは、お葬式か。

 でも、私のようで私のようでない。

 これはどっちの写真か。

 でも、私であるにせよ、私に似た人であるならば、それは私の親戚、つまりは、我が家の物だということか。

 そんなことを考えながら、その写真に写っている他の人達の顔を見ていく。


 あー、だめだだめだ。こんなことしていたら、今日中には片付かない。。。



 そんなときに、ふいに、目が覚めた。



 これは、実家に行って、家の中にある写真類を片付けろ、ということかも。

 実家の納屋には、父が逝った時に、本来片付けるべきだった写真類や書類が山のように残っている。もう20年以上も前に整理しなければいけないものなのだ。

 きっと、兄は処分してしまうだろう。

 現実の今の物しか、残さないだろうから。

 私には、それができない。

 過去のものも残したい。何か、そうしなければいけないような気がするからなんだけど。



 そんな夢を見た。
 

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Commented by tama at 2013-08-18 17:31 x
きっと、お父様からのメッセージでしょう。間違いない!!。
夢に託したのでしょうが、ご両親が天国に行かれてから現実に超常現象ありましたか?
私は(妻と娘も)とても信じられない体験をしました。
Commented by WofNaka at 2013-08-19 14:07
tamaさん こんにちは。

超常現象とは。。。

ご両親から電話が来たとか?
Commented by tama at 2013-08-19 19:31 x
ただいま、病院から帰りました。心臓のエコー検査異常なしでした。
ところで、電話が来た?なんてやっぱりNAKACHAN面白い。私の体験した不思議な出来事とは、母の通夜で祭壇の花びらの一つが、供物の果物(母の好きなフィリピンマンゴー)の上に落ちてきて乗ったのです。私はその時母が有難うねと思っているんだなと思いました。親しい住職がお経を終えると私達の前に立ち、母の思い出などを話したのですが何と、私が見た(花びらが乗ったこと)時、お母さんが有難うと貴方に言ってましたねと言ったのです。まさしくそう感じたと言うのです。驚きました。読経しながらどうして分かったのでしょう。それに後で聞いた所、住職も初めての事だとの事。本堂から控え室に行き、そこで全員で白い蝶が(12月なのに)飛んでいるのを見て母だと思いました。そう言いました。その7年後、父が死に、納骨の時、石屋さんが重い墓石の蓋をずらし母の隣に父の遺骨を置こうとした時、何とその場所にあの白い蝶が
Commented by tama at 2013-08-19 19:43 x
いたのです。石屋さんはその蝶を手で振り落とし父の遺骨をそこに置きました。妻も住職もその出来事を確かに見たし住職が考えられないと言いました。どこにも蝶が入る余地がないそうなのです。母は父を待っていたのですね。父の通夜では祭壇の花の一つが1メートルも横に飛ぶし本堂の明かりが明るくなったり暗くなったり・・・・・みんなで不思議な体験をしました。書ききれないのでコレ位にしましょう。
Commented by WofNaka at 2013-08-19 19:49
tamaさん こんにちは。

まずは、この暑い中にあっても、体の方が大丈夫とのこと、良かったですね。

電話が来た、については、母が逝った後で震災があって、実家を親戚に使ってもらっています。そして電話はそのままにしてあったのですが、ある日、私の携帯電話にアドレス帳をそのままにしていたために、まるで、実家の母が電話してきたような着信表示に。
まぁ、時間が経過していたからなんですが、まるで、母が降臨したのかと(笑)。

それで、もしかしたら、そんなことでもあったかなって。

ところで、亡くなったかたが耳元で囁いた言葉は、自分の考えとなって頭にひらめくという話を聞いた事があります。これは映画「オールウェイズ」の中で使われております。

それはともかく、そういうものはあると思います。私も向こうの世界に足を踏み入れた時に、もしそういう余裕があったなら、試してみたいものだと思っています。
Commented by tama at 2013-08-19 20:02 x
有難う御座います。
母はタマヨ、私は玉光(tamamitu),娘は玉絵(TAMAE)と言います。
Commented by WofNaka at 2013-08-20 19:38
tamaさん こんにちは。

そうですか。
お母さんの方がお父さんよりも強かったんでしょうかね。
Commented by tama at 2013-08-21 08:44 x
ご指摘の通りで御座います。
母は戦争未亡人で父より5歳年上でした。大正8年福島の須賀川のそばで生まれ10代で日本橋兜町の叔父のところで働き、蛎殻町、人形町近辺はよく行ったらしいです。ズーズー弁を笑われ辛い思いも随分したらしいのですが、そういう昔話は私にはせずに嫁である妻に話したのを、母の死後、妻からよく教わりました。母と妻はものすごく仲がよい珍しい関係で私は助かりました。もうその頃からいつかは軽井沢に住むんだという志を持っていたということですから実現した時はどんなに嬉かった事でしょう。このNAKACHANのブログにも、奥さんやご両親の話がよく出てきますが何となく貴方の人柄の良さをそれで感じますね。
Commented by WofNaka at 2013-08-22 21:02
tamaさん こんにちは。

よきお母さん、奥様に巡り会われたのですね。
お父様は私の父とほぼ同じ。この年齢が終戦間際に出兵するかしないかの境目だったですかね。父は鹿児島から船で出兵する直前に終戦だったと聞いています。
関東の震災後の東京、そして戦争をくぐり抜けての軽井沢。耐えに耐えてのささやかな避暑地。
まぁ、私ではこれぐらいしかわかりません。

お母様は、本当は息子さんであるtamaさんに、奥様にお話した以上にお話を聞かせたかったし、おしゃべりしたかったのかもしれませんね。
by WofNaka | 2013-08-18 12:05 | 夢の話 | Trackback | Comments(9)

by WofNaka