母が逝った

 母は震災の前年の9月に逝きました。

 医者である親族の期待をいい意味で裏切って、最後まで生き様を私たちに見せて下さいました。
しかも、翌年の震災。

 もし、震災の時、母が田舎で一人暮らしをしていたとしたらどうだったでしょう。

 私たちはきっと生きた心地がしなかったと思うのです。

 死してなお、子供たちのことを心配させなかった母親。母親ってすごいな。


 母は、逝く2、3年前から認知症になりました。
 認知症って、こんなぞ、まざまざと私たちに、その全てを見せて下さいました。

 母が認知症とわかる直前。私は、ここ立川の地で、近所の老人から、同じ話を何度も聞くことを何度か体験しました。それが、どういうことに繋がるのか、ほどなくわかりました。

 あれがこれか、と思いました。

 今を覚えていない、忘れることを隠す、味噌汁の作り方がわからなくなる、近所から貰った取れ立ての帆立が貝柱だけになっていた、スルメイカの刺身のほとんどが捨てられていた、トイレに間に合わなくなった、自分の下着を履けない、借りていたと言って近所にお金を持っていった(最もそれ以上の恩はあったけど)、最後は本当に小さい女の子に戻った、入院後に帰りたいと言った家は私の実家ではなく生まれ育った下町の家だった。。。

 そして、予想を裏切って少し長く生き、安心しきって油断していた私たちの知らぬ間に、静かに一人で逝った。

 格好いい、潔かったよ。下町っこの意地ば見せてもらったとよ。

 そして、しばらくの間、私の夢の中に何度となく登場した。

 よほど私が心配だったんだろう。


 今でも時々、両親が元気だった頃のビデオを見る事がある。

 いつもの私たちのとうちゃん、かあちゃんであった。

 それが永遠に続くような気さえするんだけれど、そんなことにはならないのよ。

 私はいい両親に恵まれた。


 なぜか、最近、両親を思い出す。


 そう言えば、今日は母の月の命日。


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by WofNaka | 2013-08-19 14:30 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

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