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1961年生れ/東ニ病気ノコドモアレバ…西ニツカレタ母アレバ…南ニ死ニサウナ人アレバ…北ニケンクヮヤソショウガアレバ…/弱い立場中心の世の中に/陸前高田市が故郷 @WofNaka

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随分と強引な

 それは、あまり大きくない中規模の竜巻だったけれども、いくつもの竜巻が海から海岸の村にある私たちが泊まっている宿の方に来るのがわかった。
あきらかに村が襲われるのがわかったので、着の身着のまま、竜巻を目で追いながら海岸伝いに左に左に逃げて行った。

もう、何度登ったり降りたりしたかわからない、どうやって村まで戻るのかもわからないぐらいに逃げて、やっとたくさんの竜巻から逃げおうせることができた私たちだった。

で、いくつもの岩場を戻る途中、逃げ後れた村々の惨状が見えた。もう破壊尽くされたその惨状。
でも、政府の対応は早かった。すぐに自衛隊と人類の代表者で構成された救助隊が無理矢理に組織され飛行機で現地に向かって飛んでいた。その代表者の中には、赤ん坊やどこかのバレエのチームのメンバーや医師団やお年寄りまでいた。そして、その代表者らも、自衛隊員と一緒に、そらから落下傘で現地に無理矢理降下させられていた。

まるで、死刑執行みたいだった。
なんでか。十分な高度がないのに、練習なんかしていないのに、いきなり降下させられていたのが端で見ていてもはっきりわかったからだった。なかには、落下傘が開くか開かないかのうちに、瓦屋根に叩き付けられている人もいた。それでも、救助隊の構成員は大勢だったために、そういう人たちはそこに被害者となって放棄され、残った人たちで救助活動が始められて行った。

私たちは、なんとか這うようにして、村の宿泊地にたどり着く事が出来た。もう寝ず喰わずでの避難、帰還だったのでヘトヘトだった。そして、残っていた宿泊地は救助隊員の宿泊地にもなっていた。

彼らの食欲は凄かった。
毎時間に山のような食料をたらふく食べて、飲んで、そして、まるで宴会のような有様だった。
私たちはお腹も空いていたし眠かったのだけれど、救助隊員の食事に付き合うと、いつまでも食べきれないほどの食事に付き合わされてしまいそうだったので、給仕の役に徹していた。

何かの裏紙に、人数分の食料のリストを作って、張り出したり、誰が食べて誰が食べていないかのチェックをしたり、救助隊員に混じって活動しているある意味かわいそうな人たちのフォローなどをしていた。

活動の途中、ベルにより強制的に叩き起こされはしたものの、そういう作業に没頭してしまった。

そうして、やっと隊員たちの食事が別館で行われて、私たちがいる建物では一段落つきそうだったので、やっと、自分たちの食事を落ち着いて摂ろうと思った、そんな矢先。。。

目が覚めた。

そんな夢をみた。


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by WofNaka | 2013-11-24 11:50 | 夢の話 | Trackback | Comments(0)

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