寂しい話かもしれないが、私の故郷って。。。

 独身時代なら、迷わずこの時期には帰省することが当たり前で、どうやっていつ帰省するかで頭がいっぱいだった。

 それが、結婚してからは、「寒いから」と、親が言ってくれることに甘えて、正月には帰省しなくなった。

 そして、母が認知症になったある年に、1回だけ正月に帰省しようとしたことがあった。でも、元旦だったか、大晦日だったかに、子ども達から「母(家内)が倒れた」という連絡があって、迷ったけれども急遽帰京した。どっちが優先順位として高かったのか、とても迷うところではあったけれども、生活能力とか病院の対応とか緊急性で東京の家族を優先した。

 そして、母が逝った。
 認知症の母の中でさえ、故郷は岩手ではなくなっていた。母が帰りたかったのは、長年住んだ岩手ではなく、幼少期を過ごした東京下町だった。

 私の故郷は、母がいる場所だったのかもしれなかった。
 母が逝った後の母がいない岩手の実家を、私は故郷、帰りたい場所ではなくなっていた。

 私は、お産婆さんに自宅で取り上げてもらったので、実家が生家だ。だから結婚してしばらくまでは、実家が故郷だった。でも、ある時から、その思いが消えた、っていうか未練がなくなった。そこへの執着がなくなった。だから、母が逝った後も、兄弟間の相続については、10:0として、私は放棄したのだった。

 また私の両親が、共に実家で生まれそだったわけではない、というのもある。母は東京下町だし、父はもっと山の方の出だった。だから、私の故郷には両親の幼馴染がいるわけではなかった。

 例えば、県人会(実際には、陸前高田市人会、小友町人会なんだけど)などでも、両親を知っている人が少ない。っていうかいない。そして、同い年の人の参加が少ない、となると、もう、疎外感でいっぱいだった。だから、世話役をやらなくなった原因のひとつではあった。

 そして、田舎が故郷があそこではなくなったかな、って思った時に震災が起きた。

 やっぱり田舎の人達が気になった。とっても気になった。やっぱり自分の故郷はあそこだ、ってさえ思ったんだけど。。。

 やっぱり違うんだなぁ、って最近思う。

 少なくとも、どうしてもあの地に未練があるとか、帰りたいとか、っていう気持ちにはならない。
もっとも、関東に災害が起きて、どうしてもここに住めないとか、どこにも住めなくなってしまったらなんてことが将来的に起きたらわからないけれど、でも、たぶん、帰らないのではないかって思う。

寂しい話かもしれないんだけれどね。そんな感じです。



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by WofNaka | 2013-12-28 21:37 | 日記 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by ken at 2013-12-29 09:29 x
寂しいエピソードですね。
私は、生まれも育ちも富山県富山市なんですけれどね。生まれた地から、訳あって離れることになったんですよね。それ以来、自分の生誕地でも余りふるさとと言う認識がなくなった。それは、生誕地であれ、ふるさとであれ住み続けることで育まれることなのかもしれない。でも、ふるさとは、いつも私の心の中で育まれている。いまでも、ありありと生誕地の状況はこころの中にある。
小さな泉の町から旧大沢野へ移り、最近、街中心部へ帰ってきた。
ふるさとと言うのは、多分、私にとっては親のいる家そのものだと感じていますかな?その代を私が受け継ぎ、私がまたふるさとを造成していくのかなって思ってます。
なんとなく、貴殿の思いも私と重なり感じています。
そちらは、晴れているんですよね、羨ましい。
インフルエンザの流行時期だというし、お体ご自愛ください。いろいろと病を持っているって聞いてますし、本当に大事になさって。よいお年をお迎えください。
Commented by WofNaka at 2013-12-29 22:32
kenさん こんにちは。

そうねぇ、田舎に行って幼馴染に会って、話をして、元気になることはある。でも、そこまでかなって。

やっぱり、寂しい話かな。

kenさん。今年も、ありがとうございました。
よい年をお迎えくださいませ。

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