私の故郷って  その2

 私は、生まれも育ちも実家(生家)だったから、子供の頃は、きっと生涯この地で暮らしていくのだろうと思っていた。

 それが、今は違う。本籍地はまだ動かしていないんだけれど、これから暮らしていく地はここ立川なんだと。

 いつから変わったのかは、先日のブログで明かしているけれど、やはり、自分の家を持ったときに決まったんかなって思うんだ。

 転機は何度もあった。

 高校を卒業した時。残ることもできたけど、当たり前のように大学に行くので仙台に住んだ。大学を卒業した時は、仙台に支店がある会社を選んだけれども、仙台支社ではなく東京本社に就職する。そして地元の市役所にも応募したし、覚えていないけれども面接もしたように思う。

 そして親の思惑をそでにして上京。今に至るんだけれど、途中、父親の急死で田舎に仕事を探して面接まで行っている。でも、そこで上司の留めが入る。自分の中でも釈然としない中で、なぁなぁで元の鞘に戻ってしまう。でも、そこの会社も辞めてしまうんだな。

 そのタイミングで、見合いが入ったりしたときに、私の染色体異常の話が持ち上がって、見合いしたかったのに取りやめになってしまう。そういうのがあって、もう田舎には戻らない、田舎には住めない、という気持ちが持ち上がったように思われる。

 茫然自失の時でもあったから、余計に田舎では住めないと思っていて、少しずつ気持ちが離れていったんだと思う。そして、もうどうにもならなくなった時に、母の認知症と病気がわかる。もう、兄に任せるしかなかった。そうなると、もう田舎でのことが面倒になってしまったかもしれない。

 高校から家を出た兄と違って、田舎の慣習も知っていたし、親戚付き合いだって、実家の隅々まで知っていたから、兄は都会で私は田舎で、という考えが親の中でも定着していただろうに。

 でも、母が逝って、葬儀の時。田舎では長男の意見がその家の意見だった。いくら兄弟で話し合っても私の報告は無視される。その事実を知って、ますます遠ざかっていった。もう親戚付き合いなんかどうでもいいと思うようになった。当然、足は遠のく。

 どうやって自分の田舎への思いを断ち切ったか。

 それは、その地はとても良い土地だった。先祖がそこに住み着いた時は、本当に幸せだったのではあるまいか。強い風は、後ろの山が守ってくれる。日の光は東から南に当り、夏でも枯れる事がない井戸がある。土地を掘れば、大きな岩がゴロゴロしていて地盤がしっかりしていたので、震度7でも家の中の人形が倒れるぐらいなのだ。

 でも、それは先祖が見つけた土地で、自分が見つけたのではない。家は、親父が建てた家だけど、自分が建てた訳ではない。家にも自分にとって重要なものはない。先祖の位牌は持ってきていないけれど、過去帳の記載されている100年以上に亘る先祖の名前などはわかっているから、こちらでも供養できる。

 そんなことを考えたら、未練は無くなった。
子供の頃に見た季節毎の花、景色は頭の中に残っている。ま、それは懐かしいは懐かしいけれど、昔のものがずっと残っているわけではないのだし。

 あの土地に実家がなくなって更地になってしまったり、他の人が家を建てたり、土地が変わってしまったら、「あー、昔ここに」っていう思いがなくならないことはないけれど、自分が死守しなければならないという気持ちは全くない。

 日本が地球の営みの中で形成されていった時、早くからあの辺りはできてはいたけれど、何億年前から、あの土地があるわけではないのだ。地球の中で対流が起きている限り、地上はみな仮の住処なんだと。

ま、寂しい考え、突拍子もない考え、次元の違う考え方かもしれないんだけれども、もっと大切なものがあるような気がするんだなぁ。

そんなとこ。


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by WofNaka | 2013-12-29 22:29 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

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