復興フラッグの神秘

復興フラッグ、というのをご存じだろうか。
私も深くは知らなかったんですけどね、最後に、Wikipedia(2015/3/29時点)でのを引用しておきます。

旗はこんな感じです。

そして、この中にある【①有志が復興フラッグを持って、全国各地のライダー仲間のもとを訪問する。】の活動の一環の集いが昨夜横浜で行われ、私も参加してきました。

今回、仙台からモーターサイクルショーに合わせて上京した私と同年代の方が、この旗を持ってきて下さいました。
実は、Facebookやブログではすでに知っている☆ぞうさんでしたけれど、生でお会いするのが初めてでした。

見た目はね、とっても近寄りがたい感じでして、きっとバイクで後ろから煽られでもしたら、ごめんなさい、って謝りながら道を空けてしまいそうになるほどの風格を備えた方です。

でもね、サングラスを外して、道を歩いている姿は、とても優しいおじさん風なんでございます。しかもね、超礼儀が正しいんですよ。驚きました。そして、バイクに対して、そしてこの復興フラッグへの熱い思いを強く感じました。

ご本人は、世界制覇を密かに目論んでいると言われてましたが、私には、天下布武(武=鉄馬=バイク)を掲げた信長と重なりましたね。

ま、ともかく熱い思いを胸に秘めた、いやいや表にも出したそのお方。


昨夜は、貸し切りではありましたが、隣のグループは、うら若き女性が大半を占めた保育士さんらのグループでした。こちらの平均年齢の半分くらいなんではと思われたそのグループ。園長先生が、こちらの意図をお店のマスターから聞くと、自らの思いも話して下さいました。

 震災後、福島への思いはあるのだけれど、どうしたらよいのかわからない。。。旨。

その後、二つのグループが一つになりました。

お店のマスターも二つのグループの間にあった小さい仕切りを外したのでした。

そしてその場にいた全員が、園長先生の言葉に聞き入ります。

ないですよね、飲み屋さんで、数十人の人達が、しーーーーーーんって静まりかえることって。

あり得ないですよね。

でも、園長先生の思いと、あの方の思いが重なった瞬間でした。

感動でした。

いいものを見せてもらいました。


こんなことを書くとね、叱られちゃうかもしれないんですけれど、あの震災の後、今まで音信不通だった多くの人達と繋がることができたんですよね。私は、その半年前に母を亡くしてして、田舎には家族はいませんで、もう田舎への思いが少なくなってきていた時でした。それが、あの震災で、一度に田舎への故郷への思いが戻った感じでした。

今回の震災は、地球規模での元に戻ろうとする力によって引き起こされた災害でしたけれど、やはりその上で生きる私達にとっても、何かを思い出して、絆を取り戻そうとする自然の力が働いたような気がしてならないのです。ただそこに、多くの犠牲があってなんですけどね。

なんかね、とても不思議な感じを持ちながら、帰宅いたしました。

私も福島に行きたい。当然バイクで家内と一緒に。昨夜の仲間にとってはちょっとしたツーリングで可能なことが、私には難しいのです。新幹線や車でなら可能かもしれませんけどね。やっぱり自分のバイクでないと、っていうところがあって、なかなか会えないなー、って思っていたところ、だったら上京したときに会えばいいじゃん、って言って下さった方がおりまして、今回の参加になったのです。

結局、できないことを考えることより、できることを、できるところから、ってことなんでしょうね。

でも、行きたい、出かけたい、自分のバイクで福島へ、いやいや、仙台へも陸前高田へも。

===

復興フラッグ(ふっこうフラッグ)は、福島県新地町の海沿いの釣師地区に掲示されている

平成23年3月11日に発生した東日本大震災において大きな被害を受けた新地町の沿岸部で捜索活動を行っていた自衛隊隊員が、瓦礫の中から4つに折りたたまれた小学校の名前の入った日の丸を見つけ、変わり果てた新地の街に掲げたのが始まり。(初代)

その後、同じ仲間の隊員がもっと大きい旗をと、隊にあった日の丸に言葉を添えて掲げた。(2代目)


平成25年末、風雨により劣化した旗を見かねた地元ライダーを中心としたメンバーが、福島県あったかふくしま観光交流大使の「おくさん」デザインにより新しい旗を作成、平成26年1月1日より「復興フラッグ」として掲げた。(3代目)


平成26年中に復興工事のため、道路向かい側の現在地に移設。また、海風による劣化のため同デザイン(4代目)の旗に替わっている。

その時に回収した復興フラッグ(3代目)は、九州のバイク乗りの手によりツーリングイベント的に九州各地に掲示されていた。


平成27年1月1日、同デザインで一回り大きいサイズ(5代目)の旗に替わった。

また、新しいプロジェクトとして、

①有志が復興フラッグを持って、全国各地のライダー仲間のもとを訪問する。

②全国のライダー仲間に復興フラッグを送り、各地でツーリングを企画してもらう。

が企画されている。

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by WofNaka | 2015-03-29 22:17 | バイク&無線 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by H at 2015-11-04 18:45 x
「被災者」名でコメントされた下記ですが、
名称の「被災者」だけが一人歩きすると困りますので、
「Hさん」として、ブログ管理者の権限で変更させていただきます。
ご了承下さい。

以下、Hさんからのコメントです。

Commented by H at 2015-11-03 00:35

被災地に住む者として、災害へのご厚情に感謝申し上げます。

然しながら、失礼とは存じますが、復興フラッグとその周知宣伝活動に些かの疑問を感じる次第です。

一昔前、災害に対し「応援ソング」や「応援メッセージ」を造る芸能人に対し「偽善」と言う世論が形成されましたが、復興フラッグに対しても似たような感慨を抱く方々も多いものです。

復興とは、確かに精神的な高揚も大事ですが、広義の上ではインフラの整備や資源の回復等、狭義の上では個人資産の回復が為される事と、被災者の誰もが思っています。

しかし、復興フラッグは署名活動により行政側に維持管理の経費負担を求め、活動自体は経済的対価を伴わず、バイクと言う庶民から見れば「贅沢品」を乗り回すマイノリティーな方々が、お祭り騒ぎの如く盛り上がっている印象を抱いてしまうのです。

さらには、いわゆる行政側にも支援を要請した公共財である「復興フラッグ」を、事もあろうか仲良しグループ内でシェアリングし、一昔前の芸能人が応援ソングを作り唄うかの如く、集いの免罪符のように掲げ、ふざけた踊りとともに動画にアップするに至っては、完全に災害を茶化しているとしか思われません。

日本全国には、復興フラッグキャラバンのような売名行為はしなくとも、影に日なたに被災地や被災者を支援している方々は沢山存在します。

納税や消費行動で間接的な支援を行ったり、寄附や寄贈で直接的な支援を行う方々も数多く存在します。

左翼と呼ばれる方々が、自らの懐が痛まないのを良いことに、無責任な税金投入を声高に叫びますが、高度情報化社会である昨今、これらの無責任な偽善は社会により淘汰されています。

復興フラッグキャラバンは、是非ライダーの皆さんが得意なキャンプでの自炊能力をいかんなく発揮し、調理器具や燃料、食材を持ち寄り青森から千葉までに点在する被災者での「大盤振る舞い」を望む所存です。
Commented by WofNaka at 2015-11-04 18:47
Hさま コメントありがとうございます。

私は、陸前高田市出身で、多くの友人知人を失い、故郷の変わり用にも心を痛めている者です。

私には難しいことはわからんですが、ボランティアとか支援の活動って、なんていうか、バケツの中に指を突っ込んで中心付近でグルグル回しているようなものを言うのかな、ってね、思うんですよ。

受け入れられれば、そこからゆっくりと水が回って最後には全体が回るような。つまりは、被災地の方々の最初は原動力になって、いずれは、被災地の方々だけで回せるようになるような、そんな役なんでないかなー、って思ってます。

この記事を、再度Facebookに載せます。
私だけのものにしていたら、せっかくの「H」さんの意見が世の中に出て行きませんから。

また、寄って下さい。
いろんな意見、お待ちしています。
ありがとうございました。

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