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1961年生れ/東ニ病気ノコドモアレバ…西ニツカレタ母アレバ…南ニ死ニサウナ人アレバ…北ニケンクヮヤソショウガアレバ…/弱い立場中心の世の中に/陸前高田市が故郷 @WofNaka

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あんなに好きだったのに

実家でお産婆さんに取り上げらてこの世に誕生した私は、高校まで地元の陸前高田市で育った。大学は仙台に進み、休みの度にせっせと地元に帰っていた私は、その土地の風習やら何から何までを習得し、ここで生きていくと決めていたものだった。ところがどっこい。就職の段になって色々と事件があって、自分が興味を持ったことをやるしかなくなり上京。現時点までの結果として、最良の選択になった。
でも転機もやってくる。父の急逝。田舎に戻るべく準備をして面接を受けるも、上司から止められてずるずると東京に残る事に。そして結婚を機に、もう田舎で暮らすという選択肢はなくなった。

東日本大震災の3年ほど前に母が認知症だとわかって、遠距離介護することに。暫く忘れていた陸前高田の四季を久しぶりに体験した。親は凄いな。ありがたいな、と思った。また、陸前高田が好きになっていった。
でもその反面、私自身が疲弊してもいた。

私の命が危ういほど疲弊した時、母が逝った。仙台での都会式葬儀とさらなる陸前高田での田舎式葬儀で、身体をもたせるために借金までしたようだった。帰京してからダウンしてしまった。

同時に、母がいない実家が、私の帰る場所ではなくなっていたことにも気がついた。こんなにも好きだった陸前高田への思いは、いとも簡単に崩れ去った。
私はその後半年もの間、血尿に悩まされた。何か悪い事が起きていると思った。仕事にも影響が出て、何もかもうまくいかなくなった時、震災が起きた。一瞬にして多くの友を失った。懐かしい景色も変ってしまった。そして、私は他を思いやる余裕もないまま、結石の摘出手術をすることに。

10日で出社してね、との上司のあきれるような一言。それを守らないと次の契約はなしね。との非情な言葉と戦いながら、猛烈にリハビリを敢行。出社はしたものの、やはりダメだった。医師からは10日どころか半年から1年はかかると笑われた。そして失職。経済的にも、身体的にも、精神的にも打ちのめされた私が、田舎に行けるはずも無く。母の一周忌さえも欠席。やっと三回忌に行く事ができた。それも、私が精神的に耐えられないのでは、ということで、娘もついてきてくれた。ありがたかった。

結局、震災から4年が経過して、今までの田舎での滞在時間はたったの8時間だけ。

今の私の中にある夢のひとつに、自分のバイクで田舎を走りたい、というものはある。でも、経済的にも身体的にもそれは本当に夢の域。実現はできないだろうとも思う。それどころか、私は田舎にはもう行かないんではないかとさえ思うんだ。あまりに変ってしまったこと、実家に行ってもほっとしないこと。現実を見たくないなと思うこと。
父も母もあの土地で生まれ育ったわけでもないこと。

あんなに好きだった、陸前高田だったのに。








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by WofNaka | 2015-08-06 07:27 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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