カテゴリ:日記( 453 )

 

危険運転

過去の車やバイク走行時の危険運転をまとめてみました。

 ある日見た危険極まりない運転。

 片側2車線で、右折レーンにいた車が、信号が青に変わったとたん、直進に。あきらかな進路妨害。これで、進路をふさがれた軽乗用車が、クラクションを鳴らしたところ、妨害した車が真後ろに着いたり、50cm未満の横並びをして威嚇。逆なら分かるけどね。結局、軽乗用車は、次の信号が赤になった直後、突っ走って逃げることができた。まぁ、正当防衛の範囲でしょう。
 悪いのは、明らかに、進路妨害の方。助手席には女性が乗っていましたが、気がついていると思うんですよね、助手席の人も。これって、人の道に反すると思いました。

 で、私も経験がある。

<車編>

①ハンマーバイクからの攻撃
 2006年10月24日14時10分頃、東京都稲城市で、ハンマーをもったバイクの男に追いかけられ攻撃を受けました。攻撃される直前に、多摩沿線道路から出てきた私の車の直前を、スリーエフのコンビニの駐車場を信号無視するために通過し車道に飛び出してきたバイクに対して、注意の警笛をしたところ、反転し追いかけてきました。
 最初は、私の車の左後方から急速に接近し、左前方のボンネットに肘鉄を食らわして、進路妨害をすべくジグザグ走行した後、はるか前方に通り過ぎたバイクでしたが、その後ハンマーを取り出し、前方から急速に向かってきました。はじめの一撃は、目的が何かが不明であったため、かわせませんでしたが、二撃目は、あきらかにフロントガラスを狙っていたため、ハンマーを振り下ろされ、当たる直前でかわすことができました。
 バイクはスクーターで、ピンクのナンバーでしたが、上に折り曲げられており、ナンバーの確認はできませんでした。年齢は30代から40代。私よりちょっと下か、同じくらいで、小太りの男性。ヘルメットはしておりました。服装は黒っぽかった気がするのですが、覚えていません。
 その場所の住所がわからず、さりとて、そこにいつまでも留まっていてさらなる攻撃に出られても困るので、まずは逃げました。(場所がわかれば即通報してました)府中街道に出て是政橋を渡ったところにある交番に駆け込み、事情を説明して手配していただきました。
 いままでは、車対車で高速で追いかけられるようなことはありましたけど、小回りの利くバイクでしかも、ハンマーを持っており、どういう手段でくるのかがわからなかったため、恐怖を感じました。しかし、自分でも驚いておりますが、以外にも度胸が据わっており、相手を威嚇できるほどの余裕がこちらにもありました。つまり、向かってくるバイクに車で正対したのです。で、ハンマーを振り下ろす直前にかわして、後はギアをセコンドに落として思いっきりアクセルを踏んで、その場から離れました。
 車の損傷は、ありません。ボンネットへの肘鉄は、汚かったボンネットがその場所だけきれいになっておりました。へこみもありませんでしたし、きっと、犯人は痛かったにちがいありません。(ざまーみろ)
 ハンマーなどの凶器を常に持ち歩いている、いや、持ち乗っている人たちが身近にいることに、戸惑いがあります。怖いですね。この辺を走るときは注意してください。私も、注意するようにします。
 でも、今度見つけたら、ただではおきません。必ず通報します。

後日談ですが。。。
 襲われて、多摩川を渡って府中市に逃げ込んだ私は、交番を探しました。通報するためにです。で、近くに交番を見つけて飛び込んだのですが。。。。
 管轄外なんですかね。問題意識に欠けているというか。
ハンマー(要するに金槌)持ってバイクに乗っている、ってことの重大さに気がつかないのでしょうかねぇ。事件の概要を説明して、管轄の○○交番に連絡してください。ってお願いしたのに、連絡はされていなかった。
 念のため、翌日に管轄の多摩中央警察署に連絡し、管轄の○○交番に連絡していただいたら、「そういう連絡は入っていません」とのこと。改めて、最初から説明しました。こちらの交番の警察官の方は、とっても親切で、やっと私の気持ちが落ち着いたのでした。
 まだまだ、警察はお役所仕事だなぁ、ってがっかりしたり、話を聞いてくれた警官に喜んだり。。。

②ハイビームの車に煽られて
 高速道路でのトラブルで因縁を付けられて追っかけ回されるのは怖いです。都心から500kmほど離れた実家から帰京する時の事。帰京するには一般道を1時間半、約70kmほど走り、その後東北自動車道を約420kmそして首都高と走ります。
 その日は、午後実家を出てやっと高速道路に乗って一安心した時のことです。後方の走行車線にハイビームの車がゆっくりと走っているのがミラーで見えました。ゆっくりだったのでこちらが速度を上げて離すことも可能でしたが、高速道路に乗って最初の1時間はゆっくり走りたいものです。前方には夕日、後方にはハイビーム。ミラーを調整するのですが、サイドミラーまで畳むことはできません。どうしても視界に入ってしまいます。
 仕方がないので、私の車を追い抜いてもらおうと思いました。追い越し車線を走っていた私は、周囲の状況を見て減速しても大丈夫と判断、速度を落として行きます。でも、どうしたことでしょう、相変わらずミラーにハイビームが見えてしまいます。仕方なくサイドミラーを畳みます。きっとそれが相手の気に障ったのでしょうか。いきなり私の真後ろに付けられました。ヤバいなー、とは思ったのですが、走行車線に変更してもついてきます。速度を上げてもついてきます。パーキングにでも入れば良かったのでしょうが、そこで因縁をつけられるのも怖いものです。トイレに行きたいのを我慢して走り続けるしかありませんでした。どこまで続くのかわかりませんが、なにせ東北自動車道に乗ったばかりでしたから途方に暮れました。
 結局、2時間後に相手がインターチェンジを降りて行くまでこれが続きました。まだ全体行程の三分の一程度でした。もうペースは崩れるは疲れが酷いわで、大変な帰京になってしまいました。

③軽トラから煽られて
 首都高速から中央高速に入ってすぐ、そんなに道は混んではいませんでしたけれど、走行車線には断続的に車がありました。追い越し車線を走っていた私は、後ろに車が迫っていることに気がつきます。しかも、後ろにピッタリとはりついています。もう制限速度ギリギリでしたけれど、こちらも少し速度を上げました。それでもピッタリでした。なんだろう、何か恨まれるような悪いことをしたのかな。色々とそれまでの高速道路の走りを思い出すのですが、心当たりがありません。通常、追い越したい場合は、ウインカーなんかで追い越す意思表示をするものですが、そういうことはありませんでした。やっかいなことに巻き込まれたなと思いつつ、早く車線を変更してやり過ごしたいと思うのですが、なかなか走行車線が空きません。試しに、軽くブレーキを踏んでブレーキランプだけ点灯させてみました。でも動じた様子はありません。頭の中にはジョーズのテーマソングが流れていました。
 出口が近づいてきて走行車線に隙間ができたので、まるで私がそこから降りるかのように車線を変更しました。何か因縁を付けるつもりなら、相手も車線を変えるはずですから。でも、こちらの心配をよそに、その車はさっさと走り去ってしまったのです。追い抜いて行った車はおじいちゃん運転の軽トラでした。もしかして急いでいただけだったんでしょうか?

④道がわからない車に
 通勤で自転車を使っていたときのこと。道に迷っていたらしい車が、突然左折。私は、その車に押しのけられる形で転倒。でも運転手は気がついていない模様。次の信号まで追いかけましたが、追いつけませんでした。110番情報は得られなかったので、してません。

 他にもあるけどねぇ。腹立つほどに。。。

 でもさぁ、最近は逆切れが多いよぉ。で、危ないんだよねぇ。なんせ、車だからね。
 最近は、小さい交差点での信号無視が多い(特に、歩行者、自転車、バイク)ので、出てくるつもりでの運転に心がけてます。

 気をつけましょう。そして、余裕を持って運転しましょうね。

⑤居眠りではなさそう
今日の出勤は私の走り初めになりました。ちょっと寒かったけど。
で、その帰り道。
いつものように多摩川沿いを信号にもつかまらず、もちろん白いバイクにもつかまらず、快調に走って帰宅したわけですけれど、前を走っている2tトラック。埼玉ナンバーの緑ナンバーのトラック。
片側1車線の道を時速60km以上で蛇行運転しているんです。

最初は、居眠りか病気かと思ったんです。
それだったら通報しなきゃとか思うじゃないですか。でも違うんですね。何かやりながら運転しているみたいなんです。まず的確なブレーキング。危ないときはちゃんとブレーキを踏んでいる。ウインカーもちゃんと出す。

でも、走りがダメ。
まずは信号が青になっても発進しない。次に対向車がいないと右車線を走る。対向車がトラックだと事前に左車線に戻るんだけど、乗用車だと直前に戻る(可哀想だったのが対向車)。そして、ハンドルを戻した時に、左車線の壁を擦りそうになる。

こんな運転でした。
わたしはつくづくそのトラックの後ろを走っていてよかったな、って思いましたよ。


<バイク編>

⑪足を降ろしてのバイク運転
 いつも危険だな、って思う、バイクの乗り方で、足を地面につくかつかないかの状態で降ろすやつ。なぜか女性に多い。今日も何人か見かけたし、あとは営業の人。
本来、足を置く箇所に荷物を載せているからなんだけど、格好が良くないし、そもそも非常に危険。足を後方のタイヤに巻き込まれそう。
実際、営業の方とお話ができて、やはり何度も巻き込まれているとのこと。
ヤ○○トのバイクの場合は後方が2輪の3輪車だから、余計にタイヤに巻き込まれそう。見ていてもハラハラする。っていうか、もともと過積載なんじゃないかとも思っちゃうよ。
でも、なんであんな危険な乗り方するんだろうかね。

⑫交差点内で車線変更
 交差点手前で信号待ちをしていた片側2車線の左側の私と、右側に止めていた右ハンドルのBMWの車。お互いの存在は目でわかっていたのに。。。
信号が変わって発進した直後、BMWが交差点内で車線変更をして、私の進路を塞ぐ格好になった。突然のことでクラクションを鳴らすこともできず、急減速で回避。事なきを得たが、非常に危ない行為。交差点の中で車線変更するなよ!!

②接近しているのに脇道から道路に進入
 片側1車線の道で、こちらの進行方向の左側に右折車が。運転手は私より年配の女性。こちらは、相手の目を見て、向こうもこちらを見ていると思っていたのにだ。
こちらが、1秒ほどで相手の鼻先を通過しようとしたその瞬間に、道に出てきた。
急ブレーキまでには至らなかったが、クラクションを2度鳴らして、左側に回避。
田舎ではこういうのあるけどね。都会では珍しいかな。っていうか、田舎か、あそこも。
自動車の流れしか見ていないんだろうね、あーいう人は。



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by WofNaka | 2017-10-10 21:02 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

3組の外国人

今日の帰宅時、100mの間で3組の外国人と話すことに。もっとも3人目はコンビニのバイトさんで、実は日本人かもしれんけど。

最初の1組は、宣教師の2人。
よく私の通勤路を歩いているので時々見かけるが、話をするのは2度め。
もっとも最初の時の人かどうかはわからない。

2人のうち1人は日本語がわからないようだ。もう1人は饒舌だった。

How are you.
と声をかけられたけど、とっさに言葉がでない。結局、オウム返しになってしまった。

そこで、ここは日本だ、と開き直った。

立川に何年住んでいるのか、から始まって。。。私も同じようなことを聞いた。
日本に来て2年で立川には2ヶ月いた。
日本語は一生懸命勉強したことなど。

先手を打って、私は仏教徒だ、と言った。
ここの近くにお寺があるとも。

そこに行くとどんな気分になるか、と聞いて来た。
どんな気分って聞かれて、うまく説明できなかったけれど、ホッとすると答えたが、通じなかったので、安心する、と答えた。

宗派は何だ? と、聞くので、◎◎◎と答えた。
真言や天台もあると答えた。

実は、私は大学がミッション系だったから、キリスト教は4年間勉強してたから、そう言った。
通じたみたいだった。

その後、なにやら本など取り出して来たので、そろそろ潮時だと思って、「No thank you.」を連発して終わったんだけどね。



そのまま家路を急いだわけだけれど、すぐに具合が悪そうな人を見つけた。街路樹にもたれかかっていた。
一旦は素通りしたものの、すぐに気になって戻って「大丈夫か?」と聞いた。
日本人だと思って疑わなかったから、日本語で。

近くに友達らしい人がいたので、「あの人は友達か?」と聞いたらうなずいたので、大丈夫だと思って「じゃあお大事に」と言ったところ「Thank you.」と流暢な英語で答えられたから、そこで初めて海外の人だとわかった。
 
つまりは、日本語の相手じゃなくても話をするようになったな、と自分に驚いているということなんです。



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by WofNaka | 2017-10-02 22:06 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

震災後の故郷への旅 〜やさしさに包まれて〜

(少しずつ追記します)
8月13日から本日(15日)まで故郷に出かけてきました。
東日本大震災から6年。震災以降はじめての現地宿泊の旅でした。

今回の目的は、3つ。
①13日に(岩手県立)高田高校の昭和53年度卒業生の同級会があって、そこに参加する。
②震災後に会えないでいる親戚や知人・友人に会うこと。
③墓参り


当初の行程)
★8/13(日)
06:30自宅出発〜8時前東京発の新幹線で一関へ〜レンタカーで14:00からの同級会に参加〜一次会が終わったら、友人と会って、それから宿泊先へ。

★8/14(月)
09:00に宿泊先出発〜お墓参り〜実家の近所の親戚回り〜午後は、広田町の風景など心置きなく走る〜夜は、幼なじみが泊めてくれる〜晩は、昔からの無線仲間宅で今度は幼なじみ同士と再会し、ミニ同級会をする。

★8/15(火)
9時前に幼なじみ出発〜実家に寄り室内を見回る〜大船渡の知人宅へ〜13:30大船渡市赤崎町の津波伝承館に行く〜そして最終目的地の親戚宅へ。
17時に一関に戻ってレンタカーを返却〜18:37の新幹線で東京〜東京駅からはライナーで立川着は22時過ぎ。

これだけでも、かなりハードなスケジュールだと思ってました。

今回主な活動範囲の地図はこちら。
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そして。。。ここからが、実際の日程です。途中ハプニングもあって、さらなるハードなスケジュールになりました。

※ハプニングの元。
実は、2,3日前から上の前歯の歯茎が腫れ始めていました。疲れがひどいと出る症状のひとつでした。歯医者さんには行ったのですが、抗生剤をもらうほどでもなく、きっとこの3日間は乗り切れるだろうと思っていたのですが、前日、かなり酷い状態になっていて、だましだましいくしかないかな、というそんな先行き不安な状況で旅が始まりました。

★8/13(日)
・06:20自宅を早めに出発・・・8時前東京発の新幹線で一路、一関へ。
・先月7月に松島に出かけた時は身軽だったので、大宮発の新幹線でしたが、今回は、ガラガラを引いてさらにお土産8個を持っていたので、始発からの新幹線に乗りたくて東京駅の始発にしました。
・10:30レンタカーを早めに借りられて一路沿岸方面に。
 途中コンビニでトイレ休憩しようとするものの、なかなか空かず、仕方がないので道向かいにあったホームセンターのトイレへ駆け込む。
・晴れていた天候が、峠超えをする度に雨へと変わっていった。私は雨男で、過去には東京から実家まで車で10時間降り続けだったことがあるので、特に気にはしないけど。
・ループ橋を越えた辺りから足がつることが頻発した。しかもアクセルとブレーキ用の右足。長い下りだったから、軽くブレーキを踏みながら、惰性でもいいから行けるところまでいければと。。。でもまだスタート地点だったから、途方にも暮れていた。
・ひさし振りの運転だったからね、ちょっとしたコツを忘れていてね。それが足のつりに影響していたことに気がつき、足のつりはほどなく解消されましたけど、どうなることかと思った。

・11:40頃に気仙郡住田町と陸前高田市高田町への分岐点にさしかかった。同級会までは2時間以上もある。
・ここで行き先を変更し、最終目的地の親戚宅に先に出かけることに。震災で従兄弟を亡くしたのでお線香を上げに行きたかったのだ。お寺の本堂で読経した。
・ふるさとというところは。。。お昼ご飯とか、おにしめを出してくれるんですよね。もっとも、私が最初に行った時間はお昼の時間だったわけですけど。
・遠慮するために、これから同級会で沢山食べるからと言ったんですが、聞いているのかいないのか(苦笑)、どんどん出てきて。結局お昼をごちそうになってしまった。これから食べるのに、と思ったけれど。

・13:15頃に親戚宅を出て同級会の会場へ。
・陸前高田市高田町に入って。。。「この先(近道)」と書いてあったのでそちらに曲がると、いきなり「この先は通行止め」と片言の日本語で言われ途方に暮れる。迂回路の説明もない。仕方なく、時間がないなと思いつつも元の道に戻り、反対側からアプローチしたら、やはり「この先は通行止め」と言われた。もうやけくそになって「(同級会の会場である)キャピタル(ホテル)に行きたいだけなんだけど」と言ったら、そこまでなら行けるとのこと。なんとも。。。不親切な。そして走っていくといきなり通行止めにぶつかる。そこには誰もいない。周囲の車も戸惑っていて、まったく不親切な町になったと。かさ上げしているから周囲の景色も見えず。本当に情けない町に落ちたな、と思ったよ。そのうちにホテルへの行き先がなんとなくわかり、5分前に会場に到着できた。

<同級会>
・会場に着いてすぐに「なかちゃんだよね」と。もちろんブログでは本名を書かないので、実際には名字で呼ばれたよ。
・受付でも「なかちゃんひさし振り、変わってないね」と言われるものの、私には大きく変わった女性陣の誰一人としてわからなかったのよね。
・名札を渡された。フルネームの横に、卒業写真の顔写真がある。考えたね。これならわかるわ、と感心した。
・同級会では食べるより懐かしい人との話で盛り上がり、ここに来る前の親戚宅でのお昼を頂いたのがどれほど助かったか。
ま、同級会の話は別なところでね。

・17:00一次会が終了し多くの人が二次会に流れる中、私は歯茎の状態が深刻な状態になってしまっていて、二次会への参加を断念する。
・まずは宿に入ろう。ホテルのすぐ近くの宿に向かうが、まだ外が明るいので、少し走ろうかなとか思いつつ北上。そこで目にしたのが「産直はまなす」。
・産直はまなすでは、最近、私の行きつけの東京の職場近くのラーメン屋さんがはまなすから野菜を購入していたので、その辺りのお礼や、お墓参りのお花を買った。
・その後、やっと宿の民宿にチェックイン。この宿は私の幼なじみがやっている。ご主人が毎日魚介類を採って料理を作るのでここに決めていた。

・実は、ここからが長い。朝6時からの一日は、まだまだ終わらない。
・夕食で新鮮な海産物に舌鼓を打ったまでは良かったんだけど、宿に着いたら、もうヘトヘトで動けなくなってしまって、その後で友人に会う予定は翌日以降に延期してもらった。
・歯茎の腫れが酷くて痛みもあって、それを抑えるために、コンビニまで出かけて氷を砕いたものを2カップ買って、宿の冷凍庫に保存。
・風呂上がりに大河ドラマを見ながら、氷を患部に当てた2カップ分。
・それでも痛みは治まらず、疲れはひどく、眠かったので眠剤も飲まずに布団に倒れ込んだ。
・でもね、痛みが眠気よりも勝ったんだろうね。明け方4時まで浅い眠いしかできなかった。長い一日だった。
・朝方、やっと痛みがちょっと引いた頃からやっと眠ることができた。

★8/14(月)
・朝9時チェックアウトだったので、ギリギリ7時半まで寝て、それでも超睡眠不足のまま朝ご飯。ほとんど食べられなかった。残念。
・朝8時半にチェックアウト。幼なじみとの再会を約束して宿を離れた。
・まずはお墓参りだよ、ということで、途中にある薬屋に寄る。歯茎の痛みを止めたい一心で。出発時に沢山持ってきていた痛み止めは底をついていた。
 沢山の量を飲むと運転に差し障るので、半分ずつにして飲んではいたが、もう持っていった6個は使い切ってしまっていた。
・そこでお墓参り用のロウソクと線香のセットを買う。痛み止めはなかった。
・お墓に、実家の井戸からの水を汲んでかけようと思って実家に寄るが、実家の井戸はもう使えなかった。自宅に入り込むも何もなく、仕方なくお墓参りに出かけた。
・お寺の表の駐車場は予想通り沢山の車だったので、すぐに諦めて、昔を思い出しながら裏口駐車。水は掛けられなかったけれど、雨が降っていたし。買ったお花をさして、ろうそくと線香を上げて読経。親戚のお墓と、子供の頃によく遊んでもらったおばあちゃんのお墓でも手を合わせて早々に引き上げた。

・実家への帰り道にある知人の家へ行くもお留守。そりゃそうだ、お墓参りに行ってるよね。
・実家を見てもらっている親戚の家に行った。そこで、なんとは無しに歯茎の状態の話になった。そうしたら、こういう時だけれど、医者に診てもらった方がいい、と休日当番医まで調べてくれた。その当番医は、なんと、昨日最初に行った親戚のうちのそば。今いる場所からは距離にして30kmぐらい。車で約1時間の距離。午前中しか診療していないとのことで電話、1時間以内に訪ねられるからと言い、すぐに車に乗った。
・この親戚宅を出る前に、おにしめの柔らかいところを食べた。美味しかった。そして、出かける直前に、温かいお茶を出してくれた。これが本当に美味しかった。歯茎を冷やすために冷たいものしか摂ってなかったから、この温かさが身に染みた。

・11:00世田米駅前の菅野歯科という歯医者さんでは、これは切開しないと無理と言われた。でも帰省中と伝えると、痛み止めと抗生剤を出してくれた。そして、またトンボ帰り。
・実家に着く前に今食べられると思われるものを買い集めて、実家の庭に車を頭から突っ込んだ。
・12:00車の中で1時間ぐらい眠った。お腹が空いて目が覚めるまで1時間ほど。

  私は何をやっているんだろう。。。悲しくなった。

・それでも、やることはやらないとね。買ってきたバナナやプリンや柔らかいものをとりあえず口の中に押し込んだ。
・13:00近所の親戚宅へ。
・認知症の叔母さんとその娘が暮らす。私が小さい時からお世話になった人たち。ここでも、お昼は食べたか、と優しい心遣い。
・お昼とは到底呼べない私のお昼だったけど、食べてはいたから、食べたとは答えるものの、説得力は全くない。
・ここでも、おにしめをごちそうになった。柔らかくて美味しかった。昔は、味が濃かったから食べられなかったんだ。
 「なかちゃんには、おにしめよりもミカンの山だ」と行く先々の親戚でよく笑われながら、冬はミカンの山を出してくれたっけ。
・1時間少し、そこでお茶っこ飲みをした。
・14時過ぎ、朝不在だった知人の家へ。
・そこでも、おにしめとおこわを出して頂いた。
 みんなの私が食べられるかどうか心配する視線を感じながらも、柔らかいにしめを食べた。でもおこわは無理だった。
 みんなの優しさをここでももらって、その知人宅を後にした。

・15時、初日に会えなかった友人に会おうとするが、電話をするためにとりあえず箱根山に登る。
・そこにある気仙大工の伝承館にも幼なじみがいるんだ。残念ながら、幼なじみはお休みだったけれど、そこに偶然来た昔お世話になった方と再会。
 昔、氷上山で遭難しかかった (リンク先の②の写真、または遭難の記事)時に、お世話になった方でした。そして、そこでコーヒーをごちそうになりながら、近況を語りあった。
・そして、初日会う予定の友人に電話。その友人の自宅にお邪魔することになって下山。

・16:00、そこでも歯茎の件があったから、柔らかいものを出して頂きながら、温かいお茶も心に染み渡った。積もる話をして、娘さんにも会って、さらには何十年ぶりかで会う、友人のご主人にもお会いできて、その日の宿泊地の幼なじみの家へ向かう。
・17:45、本日泊めて頂く幼なじみの立派な家着。
・実はここへの道がわからずに四苦八苦する。途中、どうにもならずに見知らぬお宅にお邪魔した。丁寧に教えてくれるのだが、細かすぎてわからない。
・わかりましたとお礼を言い、わかるところまで走り、そして電話する。
・やっと到着。荷物を降ろして出かけようとしたら、庭に、さきほどのおじさんがいた。
 さきほどはどうも、というと、ちゃんと着いたか心配で散歩がてら見に来た、とのこと。
 いろいろと以前はあった人だとは聞いたけれど、とても優しい。私が道順を聞いても理解できていない、のは見透かされていたのね。

・夜会で訪ねる方は、私がアマチュア無線を取った中学2年生の頃からのつきあいの方ですから、もう40数年ぶりですかね。
・震災で家族を亡くされていて、お線香を上げに行きたかったんだけど、今回になってしまったもの。
・16日の復活の盆踊りの準備で忙しい中に、ひさし振りの宴を開いてくださった。
・が、しかし、ここでも。あー自分の身体が恨めしい。
・ほとんど何も食べられないんだよね。
・そして、うっかり寒い格好のまま出かけてしまっていて、標高50mくらいのところなので寒いのね。寒さで震えが出てしまい1時間以上も止まらなかった。
 でも、みなさんは半袖なのね。それなのに、私のために上着まで用意してくれて、窓を閉め切って、暖房まで付けてくれた。
・そして1時間ほど経過した頃、口の中で異変が。そうです。切開が必要な歯茎、破れて膿みが出た事がわかった。震えもおなじくして止まった。
 ということは、そう、寒くて震えが出たのではなく、おそらく発熱したんだろうな、と。そうとう熱を出したものと思われる。
・今回の旅行には体温計は持たなかった。あえて。途中熱が出ても、周囲に迷惑をかけることにしかならないから、救急車ものになったら話は別だけど、少々の熱ではどうにもならないから、それなら体温を計る機会を持たないようにすればいいじゃないのか、と思ったんだな。
・それはともかく、膿みが出てから、急速に身体が楽になっていった。
ここでの話は別途書くとして。。。

・23時、とまらない津浪の話をここまでとして散会。
・幼なじみ宅でお風呂に入り、寝支度をしたらすっと眠れて、朝6時までぐっすり眠ることができた。当然、痛みは全くなかった。

★8月15日(火)
・08:30今晩も泊まっていけ、という幼なじみ宅を後にした。
・前日会えなかった幼なじみに会いに、箱根山に登る。
・幼なじみに会ったが、7年前と顔つきが違っていて別人かと思った。これも津浪を乗り切ってきた顔なのかと思った。
・今は、この気仙大工の伝承館で、ボランティアに来た方や、観光に訪れた方々に、震災時の体験談を話しているそうだ。
・歌を披露してくれた。
・震災の時のあのモビリアからの救難信号の顛末の発信源だったFIさんと、電話で話すことができた。ご本人は詳細は覚えていなかったけど。
 ここで、少し疑問が。そもそもあの電話は救難信号だったのか。もしかしたら、そうではなかったのかも、という疑問。私は余計なことをしたとは思っていないけれど、ちょっと後で検証が必要な気がした。

・10:30後ろ髪を引かれる思いで、次の訪問地、大船渡のおじさんの家に向かった。
・そこは高台なので津浪の被害は全くなかった。大船渡湾を見下ろせる展望のいいところに建っている。
・父の生前勤めていた会社関係の親戚の家。
・ここでお昼をごちそうになった。

・13:30最後の目的地、大船渡町赤崎にある津波伝承館に着いた。
・Facebookで震災の月命日にアップされる記事にいつもコメント書いていたのだが、是非会いたいと思っていたんだ。
・震災の生々しい話を聞く。どんな状況にあっても生きることが大切と。
・そうそう、そこはあの「かもめの玉子」で有名な、さいとう製菓の工場内にあるのだよ。
・おなじ時刻に来た見学のツアーに同行させてもらった。

・15:15予定をちょっと過ぎて一関に向かう。が、どうみても間に合いそうになく、ちょっと途方に暮れる。
・実は、最後の最後、帰京する前に、実家に寄ろうと思っていたが、もうそんな余裕はなくなっていたどころか、普通のコースを走ったらレンタカーの返却時刻には絶対に間に合わない。
・考えたあげく、三陸道を使うことに。全線開通していないので無料で利用できる道なのだ。
・この道を使って正解だった。一関には16:40に到着、川沿いにあるGSで給油し余裕でレンタカーを返却できた。もちろん、途中かなり飛ばしたけどね。
・レンタカー屋で、ガラガラを送る手配をして身軽になって一関駅へ。

・新幹線の切符は、時間的な余裕を見て18:37にしていた。まだ1時間以上もあったが、ここで駅弁で夕飯を済ます。
・21:12予定通りの新幹線で東京に着いた。
・そこからライナー号に乗れて、22時過ぎに立川到着。強い霧雨が降っていたので近いけどタクシーにして帰宅した。



実は、ずっと天候不順だったので、写真をほとんど撮ってない。だから、これから肉付けしていきます。


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by WofNaka | 2017-08-15 23:44 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

タイミング

一期一会という言葉が好きで、飲食店で隣同士になった人といつもおしゃべりしているお昼だったりします。
最近の職場では、訪れる方々やその時たまたま目についたちらしなどで出会いがあったりして、タイミングだなぁ、と思っています。
やっとそういう場になってきたかな、と。嬉しく思います。
私の時にはなかったけれど、いい時代になったな、と、そういう出会いの場面に立ち会うことができて幸せだな、と思います。


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by WofNaka | 2017-08-06 21:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

小学校時代の修学旅行コースか

今回の東日本大震災以来の仙台旅行、どっかでこのコースを旅行したなぁ、と。。。

思い出した。40数年前の小学校時代の修学旅行コースと一緒だ。
 
まずは松島。
松島海岸駅からちょっと高台に登ったところにあるホテル松島大観荘の上階にある展望レストラン。
ここからの眺めが最高でした。電波も飛びそう。
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2枚の合成ですが、こんなに見晴らしがよい窓際の席でフレンチを。

次は、瑞巌寺に。
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瑞巌寺は改築された直後でした。
それはもうきらびやかな装飾でした。
正面とは反対の奥の部屋が水墨画だけの部屋で、夜その部屋では泊まりたくはないなと思うほどのおどろおどろしい部屋でした。
ですが、その後で、また表側のきらびやかな部屋を見てみると、そのあでやかさ、なんとも言えない華やかな部屋に見えるから不思議です。

そして、さらに瑞巌寺の横にある庭園。
そこは特別におねだりして、見てきました。円通院。
中尊寺と毛越寺、に匹敵するような、金堂と庭。写真撮影は許可されていたけれど、撮影はしなかった。

庭園が秋に紅葉で彩られる様子が想像でき、しかもそれはとても素晴らしいだろうことを想像させてくれる、素晴らしい庭園でした。


そして、1日めのお泊まりの宿。
ホテル好風亭。
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宿泊した部屋から観た松島湾。
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別な確度から。
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東日本大震災での津浪は、松島湾の湾口が狭いため、ヒタヒタと水位が上昇するような津浪で、破壊的にはならなかったこと。むしろ、地震の揺れによって窓ガラスが全部割れて半年間、営業ができなかったと聞きました。


そして2日めは、仙台市内の、学生時代に下宿した下宿先を訪ねました。
写真はありません。
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まぁ、わかる人にしかわからない写真です。


そして仙台駅前。
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今回は行きも帰りも、新幹線はハヤブサを使いました。
大宮からノンストップで仙台まで1時間ちょっと。あまりに早すぎて、距離感をつかめませんでした。

伊達政宗の銅像は観なかったけれど、今回は、懐かしい旅になりました。

さて、次は、こんなに楽な旅ではないぞよ。


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by WofNaka | 2017-07-25 00:23 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

カラスがいない

今朝は、なぜかカラスがいなかった。今まで、その通りにカラスがいない朝はなかった。たぶん、正月くらいかな。
普段は2,3羽でいるんだけど、たまに弁当を食べてたり、煙を吐いてたり、固まってたりするんだけどね。
誰を待ってそこにいるのかわからない。
それが1羽もいなかった。
 
駅に行った、駅にも人は少なかった。なんだろう。
 
電光掲示板を見たら、赤黒い線が2本書いてあった。
事故で電車が止まっていた。
 
すぐに、家に引き返して、バイクで出かけた。
そういえば、道にも車が少なく、いつもよりも早く職場に着いた。
 
今日はなんなの?








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by WofNaka | 2017-04-25 09:30 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

ある日の通勤電車

今日は月に僅かしかない早での日。
早でと言っても、普段の通勤時間帯なのだが。
私は常が遅でだから。
座って行きたいと思いひと電車遅らせて、今日のホームの暗黙のルールに従って列に並んだ。
それでも多分、座れるはず。

電車が到着する直前だった。
今日に限って反対側から出ますのアナウンス。すべてが水泡にきした。

そんな、先が思いやられる朝だよ。


今日は久しぶりに通勤読書してます。
以前は読書のために通勤電車に乗ってたようなところがあったから。
でも、没頭し過ぎて、降り忘れることはないけど、どこを走っているのかわからなかったり、逆に走っているかもと慌てたり。
iPhoneの使用環境が良くなってから暫く読書から遠ざかってた。
そうしたら今度は読み出すことができなくなってしまった。困った。
でも、今回は我慢してしばらく読み進めていたら、やっとのめり込めるようになってきた。嬉しい。
通勤電車が楽しみになるから。

そんな朝だよ。




帰りの電車はいつも最後尾に乗る。
最後尾の最後尾の左側だ。
一番空いているから。

ホームにたどり着いた時に既に電車がいる時は、最寄りの乗車口に飛び込んで、左側が開く駅で少しずつ定位置に移動していく。
終点が最寄り駅なので、到着しても慌てない。みんなが忙しく階段やエスカレーターで登っていくのを目で追った後で、ゆっくり登る。

今日もそんな帰りの電車だったんだけど、思いのほか目の前の席が空いたので座ってしまった。

これで、またいつものパターンを崩してしまった。

こういうのも、疲れるんだなぁ。



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by WofNaka | 2017-04-13 21:59 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

もう一度、おしゃべりがしたかった

 あー、もう一度、おしゃべりがしたかった。

 そんな人がおります。

 なぜ、もう、なのか。

 それは、もう一度お会いできずに、亡くなられたからです。


 なんででしょうかね。

 私の故郷の幼なじみの両親のお顔、って、だいたいがすぐに思い出せるんですよね。

 不思議ですよね。

 多感な時期に、いつお邪魔しても、気軽に家に入れてもらえて、知らず知らずのうちに記憶されたからなんでしょうね。


 その方も、そんな中のお一人でした。

 その方の名付け親は、どういう気持ちで、そのような名前を付けたんでしょう。

 人にパワーを造ってあげなさい、という意味だったのでしょうか。

 それとも、そのご両親から一字ずつ取ったのでしょうか。

 ともかく、その方の存在は大きかったですよ。子供ながらも。有名でしたしね。


 最後におしゃべりしたのは、同級会があった時だから、もう20年以上も前のことでしょうかね。

 若い私たちの話に入ってきて、一緒になっておしゃべりをしてくれました。

 あー、あのときのことが今でも思い出せます。


 その後に震災があって。その方の家はとても高台にあったから、安否はまったく心配はしませんでした。あの家まで津浪が来ていたら、私の故郷は完全に水没したでしょうから。


 90歳を越えて、大往生とのことでしたけれど、もっと元気でいて欲しかったでした。


 またいつか。お話する機会はあるでしょうか。

 そんな日が来ることを楽しみにしたいと思います。



 ご冥福をお祈りいたします。


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by WofNaka | 2017-03-22 22:45 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

祝 完済

 いやー、長かったぁ。

 子供の教育ローンが、本日、不足分78円を送金して完済いたしました。

 10年ずつ2回(1年ずれ)分ですからね。

 あとは、命とどっちが先に終わるか、というローンが残ってます。



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by WofNaka | 2017-03-01 10:11 | 日記 | Trackback | Comments(0)  

なんで頭、白いの?

 最近、職場近くで子供たちが遊んでいる。

 今日は、閉館作業の後で、近くで遊んでいた子どもとおしゃべりをした。

 私が膝をついて、やっとその子の目の位置が合うほどの男の子。

 最初は、その子の服の柄があーだ、とかこーだとか、半分くらい会話が噛み合ない感じで話しをしていたんだけどね。

 そのうち、私の持ち物に興味を示し始めた。

 携帯のストラップを見て、何これ?

 携帯のケーブルを見て、何これ?

 携帯を取り出して見せてあげたら、またここで会話が噛み合なくて。。。

 でも、なんだかんだと、楽しく会話をして。。。

 そこで、いきなり、その子が聞いてきた。

 なんで、頭が白いの? って。

 もう、笑いを堪えて、私も一生懸命に答えを探したけれど、なんも浮かんできません。

 仕方がないから、おじちゃんもよくわからないんだよ。

 もしわかったら、教えてくれない!?

 って、とんちんかんな問いかけをして、それでお開きになった。



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by WofNaka | 2017-01-19 20:33 | 日記 | Trackback | Comments(0)