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1961年生れ/東ニ病気ノコドモアレバ…西ニツカレタ母アレバ…南ニ死ニサウナ人アレバ…北ニケンクヮヤソショウガアレバ…/弱い立場中心の世の中に/陸前高田市が故郷 @WofNaka

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 東日本大震災の津浪の映像がYoutubeに載っていますが、その中の陸前高田市広田町根崎(クリックするとYoutubeに飛びます)のものですが、私の地元付近ということもあって、つい見入ってしまいました。
撮影者は私の知人ではありませんが、ちょっと気になる所があるので、解説をいれてみました。

場所はここ。震源域の真正面にあたるところです。
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◎市の広報からの津浪警報の放送が聞こえます。
 3mを越える大津浪と言っています。これが、あの壊滅的な被害があった高田町、気仙町、小友町にいた人々ならどうとったか。少なくとも、自分がその場にいたら、3mなら、あの高田松原の防潮堤で抑えられると思ったと思うのです。しかも、海岸付近の人に呼びかけています。

◎撮影開始46秒後に15:11と撮影者が言っています。
 この撮影者は撮影の意味を十分に理解していることがわかります。
さらに、津浪が到達した時刻を15:15と言っています。
地震発生が14:46ですから30分で津浪が到達していることがわかります。この岬の突端で。

◎撮影の途中で、電線が揺れたり、カタカタという音が聞こえたりしていますが、これは余震と思われ、かなり頻繁に起きていることがわかります。

◎港内の防潮堤の高さが2.8mだそうです。
 最初から防潮堤を越えてきています。静かな浪に見えますが、最初から高い津浪であることがわかります。遠くに見える木の無い島(椿島:かもめの繁殖地)と、その左にある小島が見え隠れするのでも津浪の高さを知る事ができます。

◎港内の船がひっくり返ったり、運ばれたりしています。
 ひっくり返った船は、ロープで固定してしまった船だそうです。もっとも固定していない船は最終的には沖に流されてしまうのですが。そして、ある人は、沖に船を出したようです。津浪は沿岸部で大きな浪になります。沖に船を出せば、浪の影響はあまりなく、転覆するリスクが少なくなります。
ただ、今回の津浪、沖合でも10mほどの波高のうねりとなっている映像が、巡視船から撮られていますが、果たして、それを乗り切ったかどうかは分かりません。

◎開始から07分後に、ずいぶんと浪が高くなってきていて、防潮堤は見えません。港内は外海と繋がってしまっています。
 道路付近で見ている人達に対して、撮影者がもっと高いところに上がるように声をかけています。撮影者はきっと自宅の庭から撮影しているらしく、他人の家に避難せよと声をかけています。

◎開始8分すぎ、市の広報が聞こえなくなります。
 市役所に浪が到達したか、発信者が避難したか、放送設備が被害にあったかのいずれかでしょう。
ここに津浪が到達してから数分後になりますか。
市の広報は松原の防波堤を越えたと言っているのが他の映像からわかりましたので、広田町までの間で広報設備が使えなくなったために聞こえなくなったと見られます。(追記)

◎撮影者に携帯電話が掛ってきます。
 この時点で携帯電話が使えることがわかります。地元の人との会話のようです。

◎開始10分後程で家らしきものが流されていると言っていますが、よくわかりません。

◎開始11分後程で、さらに浪が高くなり、どこかの畑まで水があがったという声が聞こえます。道路付近で見ている人に、下に行くなと叫んでいます。やはり、見通しがいい高台の方からが全体を見渡せていることがよくわかります。

◎開始12分17秒、上空に飛行機のエンジン音が聞こえます。単発エンジンのプロペラ機のようです。これは県警のヘリコプターかもしれません。ヘリコプターも同じような音になることに気がつきました。(追記)

◎開始13分すぎ、浪が引き始めます。
 どれが誰の船か、地元の人はよくわかっているんですね。どんどんと港外に浪とともに運ばれて行きます。正面の島影が、また見え始めてきました。
防潮堤が役に立たないと嘆いています。

◎開始16分頃、長い揺れの地震がきています。
 さらに浪の引き方が異常なのか、さらなる高い浪に警戒し始めます。
 沖の島に大浪が押し寄せてきています。
撮影者の15時23分との声。もっと高台に避難せよと叫ぶ声も聞こえます。その後、撮影者がもっと高いところに移動します。

◎開始18分。引き浪と押し浪とがぶつかり合って、それほどの勢いがない状態を「喧嘩」と表現しています。港内の海底が見えたと言っています。

◎開始19分。
 来る来ると言っていたが、ついに来てしまった、との声。
今までにない大きな浪が押し寄せてきています。

◎開始22分。
 50年前のチリ地震津浪の時と比較しています。

◎開始23分。
 上げと下げがぶつかったから、浪が高台にまで押し寄せなかったのかも、と言っています。

◎開始24分。
 どこからかサイレンが。。。これは、すぐ下にある道路を消防車がサイレンを流しながら左から右方向へ走って行く。道は使えている、ということのようだ。26分23秒、消防車が通過。時速20kmぐらいか。約2分間ぐらい聞こえていた。

◎開始25分すぎ。
 津浪の高さを10mと予想しているが、だいたいそんなところだろうと思う。

◎開始26分すぎ。
 (この高さの)防潮堤について、チリ地震津浪規模なら対処できたけれど、今回の津浪では全く役に立っていない、そもそも建設自体に反対だったのだと地元の人が言っています。
いっぱい流されてしまったけれど、生きていればなんとかなる、と。

◎開始29分。
 わかめを出荷するばかりまで用意したのに。。。と。
 とても凄い浪が港内に流れ込んできた。

◎開始31分すぎ。
 上空にジェットエンジン音がします。かなり低く飛んでいるのがわかります。津浪到達後、25分頃になりますか。


地元の人たちのおしゃべりですが、方言を聞き取ることができるので、どういうことを言っているのかがよくわかります。

今まで、あまり何も考えずにこういう映像を見てきましたけれど、こうしてじっくりと見直してみると、多くのことがわかります。とても貴重な映像です。

よく、こういう時の撮影について、賛否両論ありますが、安全な場所であって余裕があるのであれば、こういう映像が撮られてもいいとも思います。


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by WofNaka | 2013-11-29 12:25 | 災害&ボランティア | Trackback | Comments(0)
 さて、何が起きているんでしょうか。

 「別居」という文字が出ている以上、夫婦間の問題が起きているような気がしますよね。

 結婚以来10数年間も私たち夫婦は6畳間にダブルベッドを入れて「こんなに大きいんじゃぁ、寝るとこないよー」みたいな状態で寝ているのです。

 でも、問題が。。。

 いびきです。

 家内がひどいいびきと、こう、なんていいますか、うなり声を出すんですよね。

 結婚してすぐに無呼吸状態になったこともあって、その時は、結婚生活も半月で終わりか、って慌てて揺り起こしたことがありました。無呼吸なんて知りませんでしたから。頼むから息をしてくれーみたいな感じでした。

 そして、家内は、寝付きがいい3秒寝、周囲で何が起きていても起きない。私が声をかけて一時的に起きることがあっても、すぐに眠れる、という子育て経験がある女性の特技のひとつを備えているのです。

 そして、私。そんな器用な技は持ち合わせていません。寝付きが悪く、すぐに起きる。

 最近、睡眠導入剤によって死んだように寝ることはありますが、一旦目が覚めてしまうと、すぐに眠る事は至難の業なのです。


 それが、ここにきて問題になっているのです。

 私が寝れない。起きてしまう。です。


 家内が治療をすればいいと思うでしょうが、お医者さんから言われるのは「痩せなさい」でしょう。そして、一瞬で痩せられない、ときています。これは世の中の半分以上の人がきっと挑戦し、ごく一部の人しか達成できていないことからも簡単でないことはわかると思います。

 では寝る場所を分けるのか。

 そんなに家は大きくありません。

 これは現実的ではありません。

 では、どうするのでしょうか。

 私が家内よりも早く寝てしまう、というのも手です。でも、途中で起きてしまったら同じです。耳栓をする、というのも方法の一つではありますが、あの耳栓って、やったことがありますが、気になるものですよ。そして、自分の目覚ましにもきがつかない可能性がでてきたら、それはそれでヤバいでしょう。

 では、別居?

 それはそれで、私が安心できません。

 さて、どうしたものでしょうかね。


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by WofNaka | 2013-11-28 16:23 | 日記 | Trackback | Comments(4)

開腹手術から2年経過

 昨日は予定より1ヶ月ほど早かったんだけど、半年にしていた定期検診に出かけた。

 結石がどうなっていたのか心配だった。

 動いているのか動かないのか、サイズはどうか、血尿はどうか。

 まず、動いていなかった。サイズも変わらなかった。血尿は出ていなかった。

 だから、すぐどうこうなることはない、との今回の見立てだったんだけれど、小さい石が散見されるね。
でもって石の素の値は多いね。

 あー、結石の心配をまたしなくてはいけないのかぁ。。。

 もうしばらくいいかな、って思っていたんだけれど、結石は決して、私を休ませてはくれないのね。

 でも先生、手術して神経が切れてしまったからか、痛みを伴わずに石が流れ出ているような気がするんですけれど。。。

 そんなことはないよ。激痛になるよ、これからだよ。

 って、先生、そんな怖い事、自信を持って言われても。。。

 ま、次回は3ヶ月後にしようか。。。半年だった経過観察はあっさり短縮されました。たった1年だった。

 そして、昨日は、右の術後の場所に痛みがあり、今日は左の腎臓付近に痛みがある。

 寒いと出るなぁ、痛みが。

 今日はそんな日です。


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by wofnaka | 2013-11-28 11:21 | 病気 | Trackback | Comments(0)
 最近、家内がバイクに乗らない。ま、いろいろな事情があるんです。まだ書かないけど。

 仕方がないってわかってはいるんですけれど、今年に入って私、中型の免許もあえて取りました。

 そして、これで、やっと二人で高速にも乗れて、遠出もできるかな、って思っていた矢先のことでした。

 しかも、私の現状。

 この悶々としたやりきれない状態の時こそ、こんな時にこそ、一緒にツーリングに出かけたいのよね。

 でも、まぁ、あまり乗りたいって言っても、家内を苦しめることになるので、それも言いたくない。

 あー。

 でも、でも。

 まだ乗るかもしれないから、家内のバイクは時々私が乗ってます。

 一人で2台のバイクに乗ってます。

 ホーンと方向指示器のスイッチの位置が上下逆な2台です。メーカーは同じなのに。

 昨日なども続けて2台乗ってますが、方向指示器を使うとき、いちいち確認しなければいけませんから大変です。

 ま、そんなことは小さいことよ。





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by WofNaka | 2013-11-28 10:54 | バイク&無線 | Trackback | Comments(0)
 1年保たないと言われた私たちの結婚が、今日(26日)で16年経過しました。明日は17回目の結婚記念日です。

 ちょっと過去を振り返ってみたくなりました。

運命の1997年、36歳。

5末。

 私にとって2つめの会社を辞める。
 今でも恩師と思っている会社の社長さん、つまりは上司と15年のつきあいを放棄して、そのぬるま湯の中から自らが社会に本当の意味で飛び出した記念すべき事件だったですかね。
 5月25日、住まいを長年住み慣れた国立から練馬に移します。


6月。

 今後はパソコン教室で生計を立てるという今から考えればなんて無謀な試みをいたします。パソコン教室に通い始める。


8月。

 家内が気になり始める。月末にやっと電話番号を入手する機会が巡ってくる。
 再婚しないのか聞く。家内がそれをプロポーズと勘違い。それに乗って、一気に結婚話へ発展。


10月。

 いま考えれば、結構いいように使われたことを知る。ちやほやとされてきた裏にある本当が見えてきて、このままではいけないことに気がつきパソコン教室で生計をたてることを断念する。


10月7日。

 家内と半同棲状態に突入。


10末。

 パソコン教室を辞める。


11月1日〜3日。

 家内と子供たちの4人で、淡路島で開かれたバイク仲間のオフ会に車で参加。
結婚は子供の進級に合わせ、翌年の3月頃にしようと漠然と考える。


11月20日。

 下の娘の誕生会のため家内の実家へ。
 子供たちのことを考えると、とてもじゃないけど、来年の春に結婚することが遅いことに気づく。
 その後、すぐにでも同居する準備を整えようとするが、書類上、結婚してしまうのが近道のような気がしてくる。

11月27日。

 練馬区役所に結婚登録。晴れて夫婦になる。 安価なリングを購入し、喫茶店でお茶をしながら指輪を交換。


11月29日。

 練馬の友人に結婚を祝ってもらうも、駐車違反でレッカー移動され、祝ってもらった同額を警察に払うことに。


12月6日。

 新居へ引っ越し。


12月12日。

 書類上、家族4人となる。


12月25日。

 家族4人が初めて一つ屋根の下で暮らす。

1998年1月。

 手っ取り早く稼ぐ方法として、3つめの会社に就職。またIT業界に戻る。


1999年5月。

 練馬から立川に引っ越す。

 
1999年11月28日。

 結婚2周年を記念して友人知人を呼んで食事会を開く。
 1年保たないと言われたから2年めに開いた。
 でも、この後の半年間、家庭内別居状態に突入。最初の危機。


2002年6月

 現在のマンションに引っ越す。


2002年8月。

 3つめの会社が倒産。4つめの会社に吸収される。


2004年1月

 4つめの会社を体調不良のため退職。仕事を探しながら療養する。


2004年4月。

 派遣社員として働きはじめる。


2006年11月〜12月。

 胆嚢摘出のため入院&手術。


2011年8月、11月。

 尿路結石摘出のため入院&手術。

2011年12月。

 何もこんなときに。。。第二の危機が訪れる。


2012年1月。

 派遣社員の契約解除。


2012年3月〜5月。

 2つめの短期派遣。


2012年12月〜2013年5月。

 3つめの派遣。

 そして、現在に至る。


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by WofNaka | 2013-11-26 15:07 | 日記 | Trackback | Comments(2)

開腹手術から2年経過

 生きている間中、生産続け、私を悩ませる結石。

 その手術をしてからちょうど2年経過しました。

 長い長い長〜い2年でございました。

 結石との戦いも、本当に長うございました。

 最初に見つかったのは、3つめの会社に社員として勤めていた頃のこと。取引先での会議中に突然の痛みでトイレへ。どこまで痛くなるのか検討もつかない、そんな状況で帰ることを決断。会議に参加している取引先の方のタクシーを呼びましょうか、に対して、救急車にしてくださいってお願い。工場でしたから、救急車ってよくないとは思いましたけれど、一躍有名になり、時の人となりました。

 その後の検査で、両サイドの尿路結石と胆石が見つかります。

 胆石は尿路結石ほど痛みがないとのことで放っておいたところ、その3年ほど後の45歳の派遣社員の時に、急に耐えられない痛みに襲われ、救急搬送されたり病院を変えたりして、3つめの病院で入院し、やはり今頃、12月に胆嚢摘出の手術をしました。

 そしてそして、2010年の秋に母が逝った後、体調を急激に壊し、半年に及ぶ血尿。翌年、震災で世の中が激動している頃に、2度の入院と手術をして小指の先ほどの大きさの大事に大事に尿管に包まれて保管されていた結石を開腹して取ったのが、2年前の今日だったのです。

 2年前の夏に内視鏡による手術でうまく取ることができず、絶望の中での秋までの期間。杖をついたり、夏なのにホカロンを貼ったりして壮絶な状況で通勤。短期間で社会復帰しなければ契約解除の脅しにおびえにおびえて入院。スパルタナースの指導の下、超短期間で退院。しかし、やはり無理がたたって結局契約解除。思えば、負のスパイラルにこのあたりから入ったんだった。

 そして、術後の傷がまだ癒えていない今年の秋に、また開腹手術した場所から結石が見つかり、主治医と、どうすんべか、と頭を抱えている状況。

 まだまだ負のスパイラルからは抜け出せておりませんが、ここが踏ん張りどころ。
転職になるのかならないのかもわかりませんけれど、確実に、次の明るいものに向かって突き進んでいっている途中にあるのはわかっています。

 しかし、波瀾万丈なここ最近だな、って思いますよ。

今回の入院の様子【追記】
リハビリの様子【随時更新】
とうとうダウン

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by WofNaka | 2013-11-25 22:50 | 病気 | Trackback | Comments(2)

またしても。。。

 職に就く、いい仕事をもらう、こういう夢は、過去の自分にはずいぶんと多い。しかも、2回目に就職した会社が関連したものはとても多く、そのたびにとても悔しい思いをしたものだ。
社長さんとうまくいかずに辞めてしまった会社ではあったけれど、その後の私のこの業界での活躍(?)の本当に基本的なところを支えてくれたものだった。

 さて、なかなか決まらない仕事ですけれど。。。

 やっと、今日、12月からという話に。。。

 ついに、待ちに待った。

 今回も本当に長かった。。。

 決まらないし、手持ちのお金はどんどんなくなってくし、本当に、もうにっちもさっちもいかなくなってきていたのだ。

あー、これで、やっと。。。





 そんな夢をみた。

 またしても。。。




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by WofNaka | 2013-11-25 17:08 | 夢の話 | Trackback | Comments(0)

随分と強引な

 それは、あまり大きくない中規模の竜巻だったけれども、いくつもの竜巻が海から海岸の村にある私たちが泊まっている宿の方に来るのがわかった。
あきらかに村が襲われるのがわかったので、着の身着のまま、竜巻を目で追いながら海岸伝いに左に左に逃げて行った。

もう、何度登ったり降りたりしたかわからない、どうやって村まで戻るのかもわからないぐらいに逃げて、やっとたくさんの竜巻から逃げおうせることができた私たちだった。

で、いくつもの岩場を戻る途中、逃げ後れた村々の惨状が見えた。もう破壊尽くされたその惨状。
でも、政府の対応は早かった。すぐに自衛隊と人類の代表者で構成された救助隊が無理矢理に組織され飛行機で現地に向かって飛んでいた。その代表者の中には、赤ん坊やどこかのバレエのチームのメンバーや医師団やお年寄りまでいた。そして、その代表者らも、自衛隊員と一緒に、そらから落下傘で現地に無理矢理降下させられていた。

まるで、死刑執行みたいだった。
なんでか。十分な高度がないのに、練習なんかしていないのに、いきなり降下させられていたのが端で見ていてもはっきりわかったからだった。なかには、落下傘が開くか開かないかのうちに、瓦屋根に叩き付けられている人もいた。それでも、救助隊の構成員は大勢だったために、そういう人たちはそこに被害者となって放棄され、残った人たちで救助活動が始められて行った。

私たちは、なんとか這うようにして、村の宿泊地にたどり着く事が出来た。もう寝ず喰わずでの避難、帰還だったのでヘトヘトだった。そして、残っていた宿泊地は救助隊員の宿泊地にもなっていた。

彼らの食欲は凄かった。
毎時間に山のような食料をたらふく食べて、飲んで、そして、まるで宴会のような有様だった。
私たちはお腹も空いていたし眠かったのだけれど、救助隊員の食事に付き合うと、いつまでも食べきれないほどの食事に付き合わされてしまいそうだったので、給仕の役に徹していた。

何かの裏紙に、人数分の食料のリストを作って、張り出したり、誰が食べて誰が食べていないかのチェックをしたり、救助隊員に混じって活動しているある意味かわいそうな人たちのフォローなどをしていた。

活動の途中、ベルにより強制的に叩き起こされはしたものの、そういう作業に没頭してしまった。

そうして、やっと隊員たちの食事が別館で行われて、私たちがいる建物では一段落つきそうだったので、やっと、自分たちの食事を落ち着いて摂ろうと思った、そんな矢先。。。

目が覚めた。

そんな夢をみた。


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過去見た夢のリストです
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by WofNaka | 2013-11-24 11:50 | 夢の話 | Trackback | Comments(0)

また、おまえかぁ

1つめ。

 自分が考えもしていないのに、タイミングが悪く偶然その場に居合わせてしまって、他の人から、さも共通点があるかのごとく言われる、不本意なことがある。

 私の場合、最初が、自分の身に起きたこと。

 あの、現地での救急搬送事件。

 そして、今度は。。。

 人が亡くなったその場に居合わせてしまったがために、そして、ことの詳細をよく見て分析できてしまったが故に、こんなことを言われてしまった。

 「また、おまえかぁ」

 そして、自分では予期せぬタイミングで、自分のブログに投稿される、って、私のアカウントとパスワードを誰かに知られてしまい、乗っ取られた、って思った瞬間、強い衝撃を受けた。


2つめ。

 動物を飼うことは私自身の身体への影響のため無理なのに、私の住まいにどんどん動物達が入り込んで住み着いてしまう。しかも、彼らは一様に、人間の言葉を理解するだけでなく、会話も可能ときている。

 こちとら、それだけの動物達を養えるわけもなく、排除したいぐらいなのに、いろんな隙間から、人の心の隙、建物の隙、時間的な隙を見て、どんどんと入り込んでくる。

 ふと見ると、人が入り込んでしまった。

 人? 人にしては毛深いじゃないか、と思った瞬間、それがゴリラだとわかった。

 ゴリラは無理。


3つめ。

 無尽蔵に現れる明るい光をクリックすると、それでポイントとなって、お金に還元される仕組みだったのに。。。

 いきなり、私の口元に違和感が。。。

 口の中にあった、歯のような石灰化された薄くて鋭いものが、口の中から抜け落ちて行く。

 取っても取っても、どんどん抜け落ちて行く。

 こんなに抜け落ちたら、自分の中の骨が無くなってしまうんではないか、と心配するのだけれど、どうしても違和感があって、自分の手で、どんどんとそれを口の中から排除していってしまう。

 そうして、大量の石灰化されたものを口の中から取り出して、心細い気持ちになりながらも、なんとかおちついて、目の前に見える光をクリックしたら。。。

 そう、あの無尽蔵にあった光が、もう光らなくなっていった。

 これをクリックすると、もうそこに次の光はないとわかっていても、つい、それをクリックしてしまう。

 そして、クリックした後で、何もないものを見つめている自分だけが残ってしまった。

 あー、終わりだ。



こんな夢を見た。

1つめの衝撃で、明け方5時前にいきなり目が覚めた。

頭を殴られたかのような目覚め方だった。

そして、二度寝になってからの2つめ、3つめの夢。

もう、これは、わかる人にはわかってしまう。現実の夢なんだ。

 今まさに、遠くにあるけれど、自分には見えない光を追い求めて、でも、時間も迫っていて、どうにもできない、そんな気持ちを表した夢なのだ。



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過去見た夢のリストです
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by WofNaka | 2013-11-21 13:30 | 夢の話 | Trackback | Comments(0)
 去年は、1月に契約が終了となり2月から11月までの間に1ヶ月半程単発の仕事が入ったけれど、やはり職安からの失業保険をもらいながら生活をつないだのだった。

 そして、12月からの仕事が決まったのが結婚記念日でもあった11月27日の事。

 丁度今頃はいてもたっってもいられない、まさに今と同じような状況だった。

 しかも似ているのは、夢を多く見ている。月初めから夢を毎日沢山見ていて、せっせせっせとブログに投稿していた。

 やっぱりストレスなんだよ、この状況が。

 今回は、寒くなってからの体調が良くないし、風邪、頭痛と立て続けになって、時間とともにどんどん悪くなって行くし、この状況で求人応募って、正直、気が引ける。

 そして、今週は、風邪があけてきていてさらに身体全体の震えが酷い。そして、こういう時に、手書きの履歴書を求められるという事態に。

 何枚も書いてみようと試みるものの、そもそもの自分の名前でつまづく始末。この会社への応募を断念いたしました。

 ストレスでかいです。



 かなり厳しい日々です。屈辱的です。


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by WofNaka | 2013-11-19 23:21 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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