World of Naka-chan

wofnaka.exblog.jp

1961年生れ/東ニ病気ノコドモアレバ…西ニツカレタ母アレバ…南ニ死ニサウナ人アレバ…北ニケンクヮヤソショウガアレバ…/弱い立場中心の世の中に/陸前高田市が故郷 @WofNaka

ブログトップ
PCXへの無線化装備開始か?

 今日は午後近くにお出かけしました。もちろん、PCXです。

 途中、信号で停止中に、突然エンジンが止まりました。

 まぁ、ここまではいいのですよ。アイドリングストップモードになってましたから。

 で、この後で、エンジンを回そうとしたときに、かからなかったのです。

 片側二車線の右側に止まっておりまして、左側には車がありませんでしたので、降りて、押して路肩に逃げようとしたのですが、まだ、できることがあるかな、って思いましてね、キーを戻して一旦エンジンを切ってから入れなおしたところかかったのです。

丁度、その時、信号が青に変わって事なきを得ましたけど。

 あーPCXは格好がいいけど、リスクも多いなぁ、って思いました。
[PR]
# by WofNaka | 2012-04-28 18:42 | バイク&無線 | Trackback(1) | Comments(0)
PCX バッテリー交換 OK

 今日からGWです。天気もいいです。暖かいです。

 アンテナ基台用のアームを仮取り付けしました。。。。でも、見せられません。

 バイク用のBOXを取りはずし、ナンバープレート基台用のバーを直接取り付けようとしましたが、ねじの長さが足りません。BOXの外に基台が出るようにするには、さらに押さえる部分が短すぎます。とりあえず、インシュロックでがんじがらめにしてあります。(だから見せられません)
でもまぁ、揺さぶっても大丈夫なのでこれだけなら大丈夫なのでしょうが。。。

 ということで、選択肢は、

 ①ナンバープレート部分につけて長いアンテナを使う。
 ②別なバーを用意する。
 ③無理やりくくりつける。

 ②③は強度面でリスクが高いです。②は調達面でNGです。
やはり素人には、無難な①で行くしかないのでしょうか。

 幸いなことに長いアンテナの在庫は豊富です。
海外と交信可能なほどの周波数用のアンテナだって、もしかしたらつけられるかも。
確か、長さが2.1m。バイク収納時はどこに保管するのでしょうね。

 バイクに乗りながら、北海道とだって交信可能になります。

 まぁ、夢は大きいのですが、とりあえず、家内と一緒にツーリングする時用を目標にします。



 それからバッテリーの方ですが、恐る恐るエンジンをかけてみてかかるのは確認し、念のため電圧もチェックしました。12.76Vでした。問題ありません。ちなみに、先日交換し再充電した古いバッテリーですが、無負荷状態で、同じほどの電圧でした。ハンディ機用の電源になら十分に機能しそうです。

 さて、今日は帰りにネジでも探してこようかな。ナンバープレート用のやつ。

 その次の問題は、ケーブルの引き回しです。

 どこにケーブルの先を出すか、ということですが、骨だけまで解体したくもないので、だましながらやってみようかと。つまりは走行中に邪魔にならない。雨が入らない。ということでしょうか。
PCXを骨までばらした方々からしたら、いろいろとご意見、あるでしょうが、何せ設備も装備もありませんしね。



ということで、次回をお楽しみに。
[PR]
# by WofNaka | 2012-04-28 13:41 | バイク&無線 | Trackback(2) | Comments(0)
いやいや、危険なタイトルだ。
何かしら意見を持っている人達がうようよいそうな、そんな人達を刺激してしまいそうな危険なタイトルだ。

でも語らなければいけないこともある、ということだな。

クラインフェルター症候群からセクシャルマイノリティに派生できるけど、逆はない。

ちょっと前に、クラインフェルター症候群のなんたるかを知ってしまった時は、同じ事かと思っていたけど、実は違うかも、って気がついた。

だから自分の中でぶれたのか。

ぶれてどれかに属さなければという衝動に駆られ、同じ事かと思って動いたけど、違うんだなぁきっと。

そこに立つ事が私には必要なことだったんだなぁ。

携帯からの投稿だから、多くは語らないけども、そこが出発点なのかも知れない。そもそもがね。

ただ、それを書きたかった。
[PR]
# by WofNaka | 2012-04-28 05:02 | 日記 | Trackback | Comments(0)

臓器提供の意思表示

 今日、新しい健康保険証が届いた。
 職種が全く違うものの、家内の保険者名称と同じだった。

 最近の保険証の裏には、こんなことが書かれているんですよね。

「以下の欄に記入することにより、臓器提供に関する意思を表示することができます。記入する場合は・・・」

 1.私は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植の為に臓器を提供します。
 2.私は、心臓が停止した死後に限り、移植の為に臓器を提供します。
 3.私は、臓器を提供しません。

 1又は2を選んだ方で、提供したくない臓器があれば、×を付けてください。

 【心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸・眼球】

 そして、特記欄の後に、署名年月日、本人署名(自筆)、家族署名(自筆)の各欄が設けてあって、意志表示欄保護シールなるものが添付されています。
このシールには、一度はがすと再貼付できません、と書かれています。



 気になるのは、最初の文「臓器提供に関する意思を表示することができます。」「できます」と書いてありながら、「意思表示せよ」と読めるところです。

 もし、何も書かずに、私が提供可能な状態になったとき、いくらでも改ざん可能ということでしょうか。



 もっと、ましな方法はないものでしょうか。
[PR]
# by WofNaka | 2012-04-26 21:16 | 日記 | Trackback | Comments(0)

笑顔が素敵な人でした

 昔、仕事でお世話になって、こちらが退社した後で、無線つながりになっていた人のブログにひさしぶりに行ってみたら、転勤になっておりました。行った先が関西だったので、同じ時期お世話になった人の安否を聞いてみたら、最近亡くなられていることがわかった。

 年齢は私よりちょっと上だったかなぁ、自分の中ではお兄ちゃんみたいな感じでしたねぇ、今思い返すと。いつもニコニコしていて笑顔が素敵な人でした。とってもおしゃべりでねぇ、話題が尽きないぐらいで、いつもダムが決壊したみたいにおしゃべりする人でしたねぇ。関西の方なので、同じおしゃべりでもねぇ、漫才を聞いているような感じでしたよ。怒っているところは、1,2回ぐらい見たかなぁ。ともかく、笑顔しか思い出しません。

 で、いつの頃だったのかを調べてみました。

 今までの職歴から遡ってみましたら、1986年から約10年間。仕事で南紀(和歌山県南部)と福井に行っていた時です。いつもっていう訳ではなくて、最初の1,2年はしょっちゅうお会いしていました(システム開発のため)けれど、その後は、毎年メンテナンスや改修の時期だけ1ヶ月ほど朝から晩まで一緒でしたねぇ。
現地までは、こちらは電車か飛行機だった(南紀白浜空港が前の時で、YS11しか飛んでいなかった頃)のですが、現地に入ってからは移動がみんな車で、出張所なんかに行くときは、片道2時間コースが当たり前でしたから、観光地めぐりのドライブをしていた感じでした。
南紀なんかは、丁度景色が私の田舎に似ておりまして、私が大好物のみかんの産地でもあり、もう延べにしたら1年ちかくの滞在になっていましたから、そこに出張になるとホッとしたものでした。

 現場監督だったのでね、私達(最後の数年は私一人)が作業をしているときには、ずっと側についていてくださるんですよ。もちろん徹夜したときもでしたけどね。差し入れをしていただいたこともありましたしね。

 南紀で、昨年水害で被害が出た新宮などは、懐かしい風景だったですけど・・・。
そこに行くには、紀伊半島の沿岸を回っていく行きかたと、那智を回っていく行きかたとありまして、一度だけ、那智の方を回ったときがありましたが、とても険しい道で、もともと酔い易い私には大変な道中でした。そんな途中で気持ちが悪くなるようなこんな私にも付き合っていただきましてね、本当に助かりましたですよ。

 さて、私は、ここで重要なことに気がついたのです。

 1986年という年に、自分の身に何が起こったか。そして、それから立ち直るのに、7,8年かかっている、ということです。まさに、その間、その人と、一緒に行動していたなぁ、って思い出しました。べったりではないんですけどね。

 南紀も福井も、後半は年度末に出かけるのです。福井は雪の季節でして、雪害体制に入ると、システムを2時間置きに立ち上げなくてはならないのですが、そのシステムの保守、改修をしていたのです。システムのシャットダウンと立ち上げに1時間かかってましたから、それ以外の1時間でシステムへのインストールをしていました。夜間に何度もシャットダウンしては立ち上げて、インストールしての繰り返し。なので、雪の季節とは言え、雪が多く降っているときは厳しかったですよ、作業が。しかも夜間しかできませんでしたからね。

 南紀での思いではですね。
ああいう仕事場って力仕事の場なので、荒っぽいんですよね。言わばどかたの親分みたいな方々がゴロゴロしておりまして、今で言うと肉食系ですかね。そういう意味では私らシステム屋は草食系だったですかね。ともかく、夕方4時くらいになると、給湯室からイカを焼いている臭いが漂ってくるんです。で、5時ぐらいになると、もう待てないぃ、みたいな雰囲気で、一升瓶を持った方々がうろうろし始めるんですよ。で、こちらは、皆さんがお休みの時間帯、つまりは夜間からの仕事でしたから、さぁ、やろう、という時間帯に、「まぁ、一杯どう」とコップを持って誘われるなんてこともざらでした。お酒に強い人たちは答えておりましたけど、私は敬遠してましたよ。だって、ちょっとでも飲んだら、その日は終わりなくらいに弱かったですから。

 とこかく、いつも元気で笑顔を絶やさない人でしたねぇ。

 随分とあの笑顔に救われていたのかなぁって思いますよ。あの時。
最初の数年がやばかったですからねぇ。もう生きていく事に絶望していましたから。
福井の時もそうでした。1日だけもらった休みの日、東尋坊(とうじんぼう)に出かけようか、永平寺に出かけようか迷ったときも、もし、東尋坊(自殺の名勝地だった)に足を向けていたらと思うと。。。その時も、東尋坊は「何もないよ」って教えてもらった気がします。
そして永平寺に出かけました。山門の前で引き返しましたけど、雨に濡れた空気がとても澄んでいて、ここは別世界だと感じたことを思い出しました。東尋坊と永平寺、共に命に関わる場所ではないですか。その後の先は、違いますよね、大きく。地獄と天国(かも)。

 長くなりました。

 また、いつでも、このブログを見ては、思い出したいと思います。

 あっちでも、いろんな人に笑顔を振りまいて幸せにしてあげてください。
本当に、その節は、お世話になりました。ありがとうございました。



 ご冥福を、お祈りいたします。
[PR]
# by WofNaka | 2012-04-26 19:26 | 日記 | Trackback | Comments(0)

バッテリー充電日

 週末と言えば、平日の疲れを誰もが癒すために、それぞれに充電されていると思われますが、今週末の私は、本当の意味でのバッテリーへの充電をおこないました。

ちなみに、自分自身への充電になったかどうかは、わかりませんが。

 ①まず、昨日交換したバッテリーへの再充電。

  交換時、11.75Vに、12V専用充電器SC650で約5時間ほどでしょうかね。
  充電完了にならないのではないかと、少々ひやひやものでしたけど、
  結果、13Vまで上がりました。
  今後無線機のバッテリーとして使っていくつもりですが、具体的にどう使うか
  は、これからの課題です。

 ②単二 ニッカド電池8個構成の9.6Vのバッテリーへの充電。

  HF帯の無線機専用のこのバッテリーが2本ありまして、それに専用の充電器で
  昨夜充電を行いました。
  充電前は、5V、3Vまで電圧が落ちていて、もうダメなのではないかと思った
  のですが、意外と短時間で、11V付近まで上がってくれ、今日、念のために再度
  電圧を図りましたけど、11V弱ほどありました。
  でも専用のこの充電器なんですが、いくら経っても充電完了にならず、発熱まで
  してしまって大丈夫かな、と思ったのですが、既に充電が完了しておりました。
  これは本来のHF機というよりも、ハンディ無線機の電源として結構重宝する
  バッテリーなのです。

 ③非常用のバッテリー。

  このほかに、非常用として購入していて、車のバッテリー上がりにも利用できる
  12V20Ahの大容量のバッテリーがあります。蛍光灯もついているんです。
  で、これも本体についている充電用のLEDランプは、常に充電不足、使用不可、
  と表示されますが、電圧は12V以上ありまして、使えそうな雰囲気です。


  ここで、充電器側の表示が充電未完了、使用不可表示しているにも関わらず、
  一見、充電済みのように見えるのはなぜなのか、という疑問があります。

  最初は、先日、この一連で購入した、安価なテスターの性かと思って、以前、
  使っていたテスターでも測ってみましたけど、このテスターがいい加減でない
  ことがわかっています。

  まぁ、ちょっといろいろとやってみますわ。

  ってことで。



 あー、自分用の充電器も欲しいなぁ。。。。

 やっぱり、どんなに充電しても、きっと、使用不可、って表示されそうな気はするんですけどね。
[PR]
# by WofNaka | 2012-04-22 18:45 | 日記 | Trackback | Comments(0)
 秋田県の八幡平のクマ牧場で、クマが逃げ出した事件が報道されています。

 クマ、と言っても、このクマは、ヒグマ ですから。

 通常、ヒグマ は、本州には生存していません。

 ではどこに住んでいるのか、日本では北海道です。

 日本の ヒグマ は、まだそれでも小ぶりらしいですが、これが、ロシア方面に行くと、さらに大ぶりになるらしいのです。

 本州にいて、ふだん クマ、例えば、軽井沢に出るクマは、ツキノワグマです。かなり小さいですよ、ヒグマと比べると。それでも、人間と出会ってしまったとき、人間にとっては脅威です。怪我をしたり死に至ることもあります。

でも、ヒグマの場合は、怪我で収まることは奇跡に近いんではないでしょうか。ヒグマにとって、人間は「餌の一種」かと、そんなレベルの話だと思うのです。

 そういうところを、きちんと報道してほしいのです。

当然、出会ったら餌をあげたい、とかいうレベルではありません。自分自身が餌になる可能性があるので、可能であれば、車や建物の中に避難するしかありません。ちなみに、ヒグマは木にも登ります。もちろん、死んだ振りは効きません。
[PR]
# by WofNaka | 2012-04-22 09:27 | 日記 | Trackback | Comments(2)
 先日の京都の交通事故の件で、今日の夕方TBSの報道特集の中で「てんかん」について詳しく報道されました。

 ・今患者が日本に100万人ぐらいいるらしいこと(12人に一人の割合)。
 ・その8割は治療により改善できる可能性があること。
 ・脳卒中や事故などで脳にダメージが出ることで、誰でもなりうる病気であること。
 ・発作が出ているときの状態を、本人は覚えていないこと。
 ・アメリカではお医者さんから警察に情報公開されていて、警察が運転可能な状態かを
  判定して、取り消しにしたり、一時的に停止する措置をしていること。
 ・その症状が人によってさまざまで、数日間の入院での検査をすればわかるけど、その
  検査機関や、専門の検査員が少ないこと。
 ・周囲の理解、本人の自覚、発作時の態勢の整備、患者にあった薬との出会いなどで、
  十分生活ができること。

  などなどでした。



 私の身体は病気ではなく【染色体が46本の人と違う】ということで、46本を中心として考えられているであろう世の中から「異常」と見られているように思うのですが、やはり健常者に近づくためには、自分に合った薬の種類や量の制御が必要だったものもあります。どうにもならないものも多くありますけど。
でも、理解のある環境にいれば、それほどストレスも感じずに仕事ができて、収入もあり生活できるということを考えるに、世の中での理解、がとても重要だと思わずにはいられません。

 では、どうすれば理解していただけるのでしょうか。

 やはり発信することだと思うのです。

 今日のTBSの報道などのように、正確に発信していただければ多くの人の誤解を解く事が可能だとは思います。事故直後の報道のようなTwitterのつぶやきのような発信はいただけませんけど。
また、当事者からの発信も必要なのかと思うのです。

 当事者が病気と闘う苦労、社会的なストレス、将来への不安、就職の問題。どれも私も経験しているものばかりです。ただ、どうしても社会的に誤解が多いと、知られたくない、ために発信できないということになります。ここが難しいところだと思うのです。

 知られたくないにさせたのは誤解だと思うのです。
 誤解を生んだことで、多くの人が間違った理解のもと、悲惨な運命をたどっている歴史がありますよね。ぜひ、正しい情報を得て、もっと当事者に歩み寄ってほしいと思います。
もし、将来的に健常者でもなりうる病気だとしたらなおさらです。将来罹ってしまったときのためにも、正しい情報を得て、前向きに捉えて生きていってほしいと思うのです。


 実は、今日は、今までのブログで「セクマイ(セクシャルマイノリティ)完全撤退宣言」をして、ここのブログを立ち上げましたが、その直後に、こういう報道を耳にしてこのような投稿ができることは、私にとっては意外でした。

 私が願っている「弱い立場中心の世の中に」にぴったりではありませんか。


【追記】
・なぜ「健常者」に近づく必要があるのか、「自分は自分」でいいのではないか。。。

 この社会が「健常者が力を出し切って働くこと」を前提とし、それが当たり前で、
 それを暗黙に求めて、その結果として報酬を与えているから、かと思うのです。

 私が「健常者」と同等になるのに、まず、何倍も頑張らなければなりません。
 そこに注がれる体力や精神力はとても大きいし、疲れも半端ないです。だから、
 休む時間も多くなり、その分の報酬が減る。
 でやっと与えられた報酬から、その犠牲となった身体の部分の保守のためのお金が
 大量に流れていく。ほとんど残らない月もあります。

 「健常者」たちは、それを実現できにくい人たちを時として「無能」扱いする。
 でも、「健常者」たちはいつでも「健常」でなくなる要素を抱えていて、気がつかない。
 そして「健常」でなくなったときに、お先真っ暗と勘違いして非常に落ち込むのです。
 で、それは、少なくとも私は既に経験しているし、立ち直ってもいる。
 一時的な落ち込み悩みは当たり前ですが、もし、それでも社会の役に立つ場があったら
 それが生きがいになっていくのです。

 そう思えるような世の中を「健常」でなくなってから考えるのではなく、今の仕組み
 として必要だと、思うのです。
[PR]
# by WofNaka | 2012-04-21 22:02 | 日記 | Trackback | Comments(0)

by WofNaka